もうそろそろ
小早川瑞は、友人の木下ユカリと駅前に居た。
駅ビルが最近あたらしくなり、テナントが沢山はいったこと、付近の道路が整備されたこと、駅のまわりの建物やお店もあたらしくなっていること、そして駅前にイベントなどが行われる広場ができたことで、週末になると駅の近くはひとでにぎわっている。
去年の同時期、卓球部の練習試合で駅を利用した時には、こんなにひとは居なかった。
瑞はそう考えながら、ふと、少しはなれたところにあるベンチを見た。左手にはアイスクリームを持っている。ユカリは早々にひとつ食べて、もう一個食べたい、と別のフレーバーを買いに行った。
瑞が見ているベンチには、若い女性が腰掛けていた。脚を組み、そこへ肘をついて、ケータイをいじっている。集中しているのか、口が半開きだった。
どうしてあの女のひとが気になるんだろう、と瑞は考え、顔をしかめる。ケータイの女性は、首にぬいぐるみみたいなものをまいているのだが、それが不意に動いた。なに、あれ?
そういう仕掛けのあるものなのだろうか。それにしても、どうして動くのかわからない。どうして動かす必要があるのか、が。
それは、うさぎかなにかのぬいぐるみみたいだった。うさぎの頭のぬいぐるみがついたショールだろうか? その頭部分が動いている。
女性がふと顔をしかめ、不快そうにショールへ触った。ゆるめるような動きをする。うさぎの頭が左右に揺れ、女性は尚更不快そうにする。
うさぎが口を開けた。
ストロベリーアイスクリームが垂れてきて、我に返った。瑞は指を舐める。「瑞」
声をかけられ、そちらを向くと、同学年の宇喜多みどりが、瑞のようにアイスクリームを持って立っていた。「みどり。遊びに来たの?」
「うん。家族と映画。瑞は?」
「きーちゃんと買いもの」
「仲好し」
みどりはくすくすっとして、瑞の隣まで来た。「ストロベリー、一緒だ」
「あ、ほんと」
「さっき、なに見てたの?」
瑞が目を戻すと、女性が丁度ベンチを立ったところだった。傍らに置いていたかばんをとりあげて、ケータイをいじりながら歩いてくる。
女性がふたりの傍を通るのにあわせるみたいに、肩のうさぎがこちらを見て口を開いた。「もうそろそろ」
みどりが短く息をのんだ。
ユカリが戻るまで、ふたりは黙りこんで、動くこともできなかった。