虫
小山田郁は欠伸をこらえていた。
長かった臨海学校が終わり、帰りのバスのなかだ。隣のクラスメイトは眠っている。郁も眠たかったが、眠たいのに目が冴えていた。
通路をはさんで向かいの席に、一学年上の出海ことみが座っている。その隣には、ことみのクラスメイトの佐伯積が居て、ふたりは本を開いてなにか話していた。
あのふたりは親しい。ほとんどいつも一緒に居るようだった。郁はそれを羨んでいた。郁には、そういう友人は居ない。
「郁」
「おう」
ひとつ前の席のクラスメイトが、シートのすきまから郁を見ている。「これ、分けてやるよ」
「ありがと」
さしだされたものをうけとった。個包装の飴だ。臨海学校がはじまってから一週間、後生大事にとっておいたんだろうか、とふと疑問に思ったものの、郁は包装を解いた。
なに味だろう。緑色だ。綺麗な色だな。メロン味……とか?
飴を口にいれようとした郁の手に、なにかがぶつかった。
からんと音をたてて飴が落ちる。
郁は通路のほうを見た。向こうの席の奥、窓の傍から、積がこちらへ腕を伸ばしていた。なにかを投げつけられたようだ。
「佐伯先輩」
「小山田くん、寝ぼけてるの」
積はにこにこしている。寝ぼけてる?
積が指さすものを見て、郁はぽかんとした。飴のフィルムを持っていた筈の手には、べたつくくもの糸の塊があり、足許には死んだカナブンが転がっていた。