左? 右?
津軽美奈江は駅前に居た。
この間、服を買いに行く予定だったのにそれが変更になり、今日まで延期していた。軍資金も貯まったし、ついでに靴も買うつもりだ。
だが、弟の有が「トイレに行く」と居なくなって、戻ってこない。美奈江はじりじりと、弟を待っていた。はやくここをはなれたいのだが、弟とはぐれるのがいやで待っている。
どうしてそんなにここからはなれたいのか、といえば、近くにあるバス停に居る、サラリーマンふうの男が、気持ち悪いのだ。
見間違いだと思うのだが、さっき見た時には左脚が膝下辺りからなかった。途中から、まるで煙のように消えているのだ。ゆらゆらとゆがんで見えた。見間違いだとしても気持ち悪くて、美奈江は二度とそちらをしっかり見ていない。
「姉ちゃん」
「有、あんたトイレに何時間かかるの」
いらだちをぶつけると、弟はばつが悪そうに首をすくめた。
「ごめん、友達に会っちゃって。佐伯ってやつでさ、映画見るんだって」
「いいから、行こうよ」
「ごめん。ねえ、買いもの終わったら映画」
弟はどうしてだか、その時バス停を見た。かすかに顔をしかめている。美奈江は見ないふりをして、歩き出した。弟が追いかけてくる。
「姉ちゃん、あのひと右脚が途中から……」
左じゃなくて? と訊きたかったけれど、美奈江は黙っていた。