なにか
竹中草太朗は憂鬱な気分だった。
このところ、身のまわりで妙なことが起こる。水球部のプールで妙なものを見てしまったのを皮切りに、栗園でいやなものを見て、この間は祖父母宅の蔵で変なことが起こった。
臨海学校で小山田郁と同じ班になったのが悪かったのではないか、と草太朗は疑っている。栗園でも、小山田と一緒に居た所為でいやなものを見た。その後は些細なものを含めれば幾つも変なことが起こっていて、どうも小山田との関わりが引き金だった気がする。
それなのに、草太朗はまたしても、家族ででかけた先で小山田を見付けた。
小山田はまだ右腕を吊っていて、左手にはクレープを持っている。誰かを待っているような顔だ。駅前のベンチに腰掛けて、ずっと同じ方向を見ている。
草太朗はそれに関わらないようにしようと思っていたのだが、小山田のあしもとをずっとなにかがうろうろしているので、見たくもないのにそれを見ていた。
それがなんなのか、草太朗にはわからない。強いて云えば、小型犬だろうか。しかし、犬よりも脚が多いように見える。どちらが頭かもわからない。なによりも色が犬のようではなかった。少し紫がかったピンクだ。この間のやつとは違う……。
草太朗は結局、靴屋へ向かう家族を見送って、小山田を目視できるところに立っていた。小山田は遠くを見たまま、クレープをかじる。生クリームが口のまわりについているが、不器用なのか拭おうとはしない。草太朗は胸がむかむかしてくるのを感じる。あいつ、どうしてあれを気にしないんだ? あんな変なの。
どぎつい色のなにかは、小山田の膝へのぼりあがった。草太朗は全身の毛が逆立つような不愉快な感覚を覚えて、思わず小山田のほうへと走っていく。ダウンジャケットを脱いで、それでなにかを叩いた。こいつと会うとこんなことばかりだ。
小山田が驚いたような顔で草太朗を仰いだ。「竹中先輩」
その反応に、いらいらした。
「お前、なにしてるんだよ」
「え?」
「お前に会うとろくなことにならないんだよ!」
「あれ、小山田くん。竹中くんも」
暢気な声に顔を向けると、佐伯積と出海ことみが居た。
佐伯は妙なやつで、オバケだとかユーレイだとかカイイだとかシンレイだとかがタイトルについている本ばかり読んでいる。出海も同じで、角突きあわせて真面目に怪談について話している場面を何度も見た。要するに変わり者だ。オバケなんて居る訳もないのに。
その佐伯は、小山田に微笑みかけた。
「小山田くん、アイス溶けそうだよ」
「あ」
小山田が慌てた様子でクレープを口へ運ぶ。
「小山田くん、クリームついてるよ」
出海がハンカチをとりだし、草太朗は自分でもどうしてだかわからないが、いらだってそれをおしのけた。
出海は目を瞠って草太朗を見る。
「俺がこいつと話してるんだけど」
「え? えっと」
「まあまあ。竹中くん、それくらいいいじゃない」
佐伯がへらへら笑っている。草太朗はその胸ぐらを掴んだ。「笑うなよ!」
「いやあ、それは無理かな」佐伯はにやにやをやめない。「見えてるんだろ?」
手をはなした。草太朗は大きく一歩後退る。心臓が激しく動いている。
佐伯は服の皺を伸ばす。
「竹中くんみたいにこの手のものをまっこうから否定するようなタイプのひとが見たら、こうなるのかと思ってさ。面白いなってね」
「お前」
「それは冗談として」
佐伯は真顔になって、草太朗を見る。「そいつは気にくわないね」
「は?」
「ちょっとこっちに座って」
佐伯はまた笑顔になり、草太朗をひっぱって、小山田の隣に座らせた。草太朗が抗議しようと開いた口に、どこからとりだしたのか飴をいれてくる。塩飴だ。
佐伯は草太朗のせなかをぺたぺたと撫で、ぶつぶつと口のなかでなにやらささやいた。
「佐伯」
「まあ、まあ。はい、これで落ち着いただろ?」
「はあ?」
文句を云おうとしたが、言葉が出てこない。
小山田に対するいらいらがなくなっている。どうしてあんなに腹をたてていたのか、もうわからない。
横を見ると、戸惑い顔の小山田がクレープを食べている。それを見ていると、今度は罪悪感がわいてくる。「さっき、怒鳴ってごめん」
「あ、いえ」
「はい、これで解決」
佐伯が手を叩いた。それで、なんとなくまわりの空気が軽くなった気がする。
ふと見ると、あの変な色のなにかはもう居なかった。




