サマーニット
姉小路律は、駅ビルのなかにある手芸店で、毛糸を買おうとしていた。
入院中の叔母が、気晴らしにあみものをしているのだが、毛糸がなくなってしまったのだそうだ。メーカーと型番は電話で聴いているので、そのとおり買えばいい。
店主に尋ねたいのだが、先程からなにかのもめごとなのか、別のお客がずっと店主になにかを云っている。レジの前には、講習会でもやるのだろう、大きめのクリーム色のテーブルが置いてあって、そこに店主もお客も座っていた。
律は通路の間を歩いて、叔母がほしがっている毛糸を自力でさがした。ヨベルの……801……802……803。これだ。
毛糸をかごへいれた。「パンフレットももらっといて」と云っていた叔母の為に、パンフレットをもらいたいのだが、店主はまだお客と話している。
お客と思ったが、会話からするとあみものの講師のようだ。講習会の内容についてもめているらしかった。
律はレジカウンタ傍で、それをじっと見ていた。店員がほかに居ないので、いずれにせよそのふたりの会話が終わらないと精算できない。
ふたりを見ていた律は、妙なことに気付いた。
てづくりらしいショールや靴下、ハワイアンキルトのクッション、パッチワークのかばん、水引などが、おそらく見本としてだろう、天井から吊り下がっているのだが……そのなかの、さわやかな淡い緑のサマーニットカーディガンが、ひとつだけ揺れている。
すぐ隣にある、ククイナッツ模様のクッションは揺れていない。ほかのものもだ。だが、そのサマーニットだけは、あきらかに揺れていた。
その揺れは、どんどん激しくなっていく。隣近所はなんともないのに、それだけ。
「じゃあ、今度のテーマはクリスマスでいい?」
「もう、わかったよ」
店主と講師が席を立つと、サマーニットは不意におとなしくなった。
店主と講師がこちらを向いてきょとんとする。それで、律は自分が大口を開けていたのに気付いた。