まどがらす
陶まるみは溜め息を吐いていた。
霧上中の臨海学校の指導員をやり始めて、二週間。PTA役員になったのが運の尽きで、専業主婦のまるみは意欲もないのに、田舎の海近くで大勢の子ども達の面倒を見ているのだった。
まるみが准看護師の免許を持っていたのも災いした。そういう資格があるなら子どもが怪我した時にも安心ねえ、と、牢名主のようなPTA会長に云われ、まるみは逆らえなかった。
ほかにも保護者や、生徒の兄や姉が指導員として来ているが、大概はアウトドアが好きだったり、子どもが好きだったりする。まるみはそのどちらでもない。日差しは四季を問わず嫌いだし、子どもは自分の子どもが一番可愛くてほかはどうでもいい。
だから陶まるみにとって、この臨海学校の指導員というなんにもならない仕事は、苦痛でしかなかった。
溜め息を吐きながら、応急処置用の薬品や包帯などの確認を終え、まるみは顔を上げた。目の前の、半分開けた窓がらすが目にはいる。そこに、自分の顔が映ったのだが、それになにかが重なっているように見えた。なにか……ひと……おとこのひとのような……。
ばん、と音をたてて、窓がらすにビーチボールがあたった。ビーチボールはそのまま、ころんと室内へ転がって、床へ落ちる。「すみませーん!」
浅黒い肌で、左目に眼帯をした男の子が走ってきた。たしか二年生の、佐伯積という、変わった名前の生徒だ。目に怪我をしていて、治りきっていないらしい。
まるみは椅子を立ち、ビーチボールを拾った。
「佐伯くん、だめじゃないの、宿舎の傍ではボール遊びはしないって決まりでしょう」
「ごめんなさい」
積が素直に謝ったので、まるみは内心ほっとしながら、彼へビーチボールを渡した。
「なにもなかったからよかったけど……次、こういうことをしたら、先生に報せますからね」
「はい。ごめんなさい、陶さん」
積はビーチボールを持って、女生徒のもとへと走っていく。まるみはそれを見送り、窓を閉めた。さっき、なにかが見たような気がするけど、なんだったっけ?
「どうしたの、つみくん、いきなり投げるなんて」
「なんでもないよ」
積はにこっと笑う。「ちょっと、不届き者をおどかしただけ」