天使のカード
「天使のカード」というものの噂を、姉小路律は耳にした。
天使のカードというのは、少女漫画的な可愛らしいイラストの描かれたカードだ。掌サイズで、裏には天使の名前や階級、職能が書かれている。それは、きちんとしたキリスト教の知識に基づいたものであるそうだ。
友人達はそれをほしがっていた。そのカードを持っているといいことがある、という噂もあったし、有名漫画家のイラストに似ているから持っていたら自慢になるらしい。
その漫画家が趣味でつくったものではないか、という噂もあった。
律自身はまったく興味がなかったのだが、偶然一枚のカードを手にいれた。
霧上駅のテナントでくつを買って、帰ろうとすると、ふと違和感を覚えたのだ。いつの間にか、上着のポケットにそのカードははいっていた。
たしかにあの漫画家の絵柄に似ている。しかし、輪郭線や睫毛の描きかたがぎこちなかった。それに、なんとなくかたい。おそらく、複数の作品や画集などからトレースして、つぎはぎされた絵だ。
裏には天使のプロフィールと、URLが書いてあった。アクセスすればもう一枚、好きなものをお届けします、とも。なに、これ、気味悪い。
律はそのカードを交番へ持っていった。おまわりさんのうち片方は、律が絵柄に覚えた違和感や、勝手にポケットへいれられていたこと、裏に書いてある文言の不気味さなどを重く見てくれた。調べてみると約束してくれたのだ。
律は一応、被害届を出した。
数日後、とある新興宗教の信者達が複数名逮捕された。印刷会社に出版物を印刷させておいて、支払いをせずに社長を恫喝した、という容疑で。
彼らがつくっていたのは「天使のカード」だった。
人気の漫画家を模した絵柄で若い女性をとりこみ、もう一枚、という文言で住所を入手する。それが目的だった。天使のカードをきっかけに入信した中高生、お金を騙しとられた中高生が大勢居るらしい。
ただ彼らは、若い信者をつかってその友人へ、とか、カルチャースクールや英会話教室などを悪用して「見込みのある」人物へ、とか、そういった方法でカードを流通させていた。そこからまた別の人間へカードがひろまっていくという寸法だ。
駅で不特定多数のポケットにいれるようなことはしていないという。