塗り絵
三好景清は入院が長引き、辟易していた。
線路へ落ちた事故に関しては、遅延に対しての賠償など心配だったのだが、監視カメラを確認していますからとしかめ面で云い残して去って行った鉄道会社の職員が、次あらわれた時にはやけに丁寧な態度になっていて、賠償金は必要ないと決まったと云ったのだ。意味はわからないし、理由も教えてもらえなかったが、助かった。
しかし不幸は続くもので、その後自転車にのっていたところを車に追突された。脳震盪に靱帯断裂で、脳震盪はよくなったもののベッドからほとんど動けない。
さいわいなのは景清をはねた運転手が逃げなかったこと、やけにしっかりした保証の保険にはいっていたことで、景清は霧上市内にある藤総合病院の、特別室という一番待遇のいい個室へ入院できた。
わざわざ霧上へ戻ったのではなく、近場に受け容れてくれる病院がひとつもなくて、やっと緊急搬送されたのがここだったのだ。ただ、親戚が見舞に来やすいので、景清は感謝していた。思っていたよりも長い入院なので、ひとりで居るとよくないことばかり考えてしまう。
「三好さん、これやってみません?」
「なんですか」
「塗り絵」
担当看護師が持ってきたのは、レトロな絵柄の塗り絵だった。どことなくどこかで見たような、「昔っぽい」絵柄である。それに、最初の三ページは色を塗られていた。
看護師を見ると彼女は、ちょろっと舌を出した。「退院した患者さんが、ひまそうなひとに譲ってあげてって」
「ああ……」
長さがまちまちになっている色鉛筆のセットももらったので、景清はその日から塗り絵をはじめた。
五日経って、景清は塗り絵の女の子がウインクした瞬間を見てしまった。
そんなわけはないから見間違いに決まっている。でもこわい。
景清は、担当看護師に塗り絵と色鉛筆を返した。「やっぱり、こういう可愛いのは合わなかった?」
「ああ、はい、まあ……」
「三好さんも三ページだね。塗ってるの」