水道
「うわわわわっ!」
廊下から響いた悲鳴に、出海ことみはホラー小説を読んでいた手を停めた。向かいにいた佐伯積と顔を見合わせる。
ふたりは小説を机に放置し、上履きをぺたぺたいわせて廊下へ出た。
廊下には、やはりことみ達と同じように悲鳴を聴いた生徒達が集まっていて、そのうち数人が、水飲み場傍でうずくまる男子生徒をとりかこんでいる。
「どうしたんですか?」
ことみが近くに居た顔見知りの先輩へ声をかけると、彼女は眉をぎゅっと寄せた。「陶くん、水道で手を切ったって……」
水道で手を切る、といういまいち情況のよくわからない言葉に、ことみはうずくまっている生徒をまじまじと見る。その足許に血が滴って、廊下は騒然とした。
男子生徒は右手の中指と人差し指を切っていた。部の昼練で手を汚した後に、洗おうとして怪我をしたので、不運にも傷口からよくないものがはいりこんで入院してしまっている。
水道のカランは普通、縁がまるまっているものだが、彼が握りしめたものは何故かその加工がなされていなかった。まわそうとして力をいれれば確実に手を切るような状態だった。学校は水道管理業者に抗議し、業者は業者でカランを製造している会社を訴えたらしい。
ただ、あの水飲み場の水道が新調されたのは五年半前だという。
その時から今に至るまで、誰もその水道だけつかわなかったことになるのだが。