オペレッタ
小早川瑞は、毎年文化の日近辺の週末に行われる「霧上市民文化祭」の会場、市民会館を訪れていた。
霧上市民文化祭というのは、小学校児童や、中学校の文化部、市民の文化的なサークル、養護学校などが文化的な発表をする場だ。高学年になるとかならず毎年コーラスをやらされる小学生と違い、中学生に参加の義務はないが、ここで吹奏楽部の演奏を聴いてあこがれて部にはいってくる、ということは実際にあるそうで、だから霧上市内の中学校の文化部は霧上文化祭に出たいのだ。
演劇部所属の友人が「いい役もらったから見に来て!」と云っていたから来てみたものの、予定よりも早く着いてしまって、瑞はロビーの椅子に腰掛けていた。近くに俳句や短歌のサークルの展示、生け花の教室の展示があるが、あまり興味を持てない。
それよりも、吹き抜けになっているのだが、二階の廊下から身をのりだしてじっとロビーを見ているひとが気になっている。そのひとは微動だにしていない。なにをしてるんだろう?
「あれ? もう演劇の時間だっけ?」
学校で見たことのある男子が居て、一緒に居る女の子にそう云った。女の子は近くの壁に貼ってあるポスターを確認する。おそらくあの男子も、知り合いに演劇部を見に来てくれと依頼されたのだろう。
女の子がポスターから目をはなした。
「んーん、まだの筈だけど? どうして?」
「だって……」
男子が口を噤む。
と、ロビーに飾られている俳句作品を眺めていた年配の団体が、ほぼ一斉に第二小ホールを振り返った。
「あら? もう時間?」
「いきましょ」
団体は楽しそうに低声でお喋りしながらそちらへ移動していく。男子と女の子も、迷う素振りを見せながらそれに続いた。ほかにも数名、第二小ホールへ歩いていく。瑞は、友人のユカリと待ち合わせしていることもあって、その場を動かなかった。
「そこ、はいらないでください」
凜とした声がして、第二小ホールへ向かっていたひと達が立ち停まった。
色浅黒い、すらっとした体型の女の子が出入り口付近に居る。どことなく見覚えのある顔だ。「第二小ホールは今、改装中でつかえません」
「でも……こっちから声がしたけど」
年配の女性が云うと、周囲が激しく頷いた。「こうもりのせりふが」
「控え室でのリハーサルの声がここまで届いてしまったんだと思います。よくありますから」
断言されては云い返しようもない。第二小ホールへ向かっていたひと達は顔を見合わせた。誰も第二小ホールへは這入らない。
瑞がふと、顔を上げると、二階からロビーを見詰めるひとはもう居なかった。
三十分後、ユカリが来て、ふたりは第一大ホールへ這入っていった。あの女の子がふたりのかなり後ろの席に居たので、瑞はそちらを示す。「あのひと、知ってる? どっかで見た気がするんだよね。通路から三番目の」
「ああ、幡多神社で見たことある。佐伯くんのお姉さんだよ」