無音
陶まるみは息子を学校へ送り、自転車をおしながら学校近くのスーパーへ向かっていた。週に三回はこのコースを通る。この近辺は道がせまく、時間帯的に子どもがとびだしてくることもあるので、まるみは自転車を降りているのだ。
「おはようございます」
「あ、おはようございます。精が出ますね!」
途中の住宅地で、まるみはすっかり顔見知りになった、庭仕事が大好きな老齢の女性と立ち話をし、また少し歩を進めた。
次の角を曲がったら、エプロンの若い女性がごみ出しをしていて、そこでも少し話す。そのあとは、霧上高校へ向かう高校生の集団とすれ違う。庭に出てラジオ体操をしているタンクトップの老齢男性と挨拶を交わす。駐車場へ向かうスーツ姿のサラリーマンとすれ違ったらまた角を曲がり、スーパーまで自転車をこぐ。
角を曲がるが、エプロンの若い女性は居なかった。ごみ出しの日ではないのだろうか、と思ったが、すでにごみは出されている。あのひととつい、話し込んじゃったんだ。
だが、居ないのはエプロンの女性だけではなかった。挨拶をしながらまるみの横を通り抜けていく高校生達も、動作を口に出しながらきっちりラジオ体操をしている老齢男性も、スーツ姿のサラリーマンも……窓を開けるひと、玄関から出てくるひとも、ひとりも居ない。
まるみは唾をのみ、はっとした。音がしない。なにも聴こえない。
おそろしくなって急いで次の角を曲がると、ミュートが解除されたみたいに音が戻ってきた。