まりちゃん
「まりちゃん?」
「そう」
松永伊織は首を傾げ、先輩を見た。
電車のなかだ。休日、ふたりは一緒に、隣市の遊園地へ向かっていた。朝はやいので、乗客は少ない。
先輩は窓の外を見ている。
「松永達と同年代で、いつも遊んでる子だったんだ」
「先輩、ずっと霧上ですよね」
「うん」
なら、伊織も知っている子だろうと思うのだが、まりちゃんという名前に覚えはない。
先輩がさっき伊織にしてくれたのは、不思議な話だった。
幼い頃に「まりちゃん」という子と親しくしていたらしい。「まりちゃん」と云うから女の子なのかと思ったが、「多分男の子」だそうだ。
いつもオーバーサイズのトレーナーとずぼんで、髪が短く、白いくつをはいていた。ちょっとふっくらした、マンガみたいな笑顔の子だという。
先輩は幡多神社の近くでよく遊んでいたのだが、その時にいつもとおまきに見ていたのが「まりちゃん」だった。走りまわって疲れると、大体「まりちゃん」が近くのシュロのかげから覗いている。先輩がそちらへ行って、一緒に遊ぼうと誘う。「まりちゃん」は頭を振って、先輩達が遊ぶのをじっと見ている。
ほかの子達は「まりちゃん」を気にしていなかったが、先輩は気になって、何度か「まりちゃん」にお菓子をあげたり、一緒に遊んでいる友人達を眺めたり、お喋りしたりしたらしい。
といっても「まりちゃん」は無口で、喋るのは先輩だけ。家での面白い話や、前日のTVの話、好きなマンガの話をすると、「まりちゃん」は楽しそうに笑う。
「いつ頃からか、まりちゃんは居なくなっちゃって」
先輩は頭をかく。「よく考えたら、俺まりちゃんの笑い声しか聴いたことないんだ。名前もどうして知ってるのかわからない。その頃一緒に遊んでた連中に聴いても、そんな子居なかったっていうし」
「はあ」
「親に聴いたら、俺がまりちゃんと遊んだって云ってたのは覚えてるって」
唐突に、先輩が窓にはりついた。伊織はびくっとする。「先輩?」
「あれ! あれ!」
先輩が窓の外を指している。伊織は腰をうかせてそちらを見た。一瞬、サロペットの男の子が見えた気がした。
「今の……今のまりちゃんだ」
「え?」
「まりちゃんだった。間違いない」
そんな訳はない。年齢が違う。「まりちゃん」は伊織と同年代だから、中学生くらいの筈だ。さっきの子は、精々小学校低学年くらいだった。
「まりちゃんだったんだよ」
先輩は座席へ崩れ落ちる。「帰れなくなったのかな……まりちゃん、泣いてた……」
次の駅で降りて、先輩が「まりちゃん」を見たところまで戻ったけれど、空き地があるだけだった。




