辿り着けない
斉藤史人は不思議に思っていることがある。
彼は毎日の散歩で、大体同じようなコースを歩くのだが、「見えるのに辿りつけない」場所があるのだ。
それは、霧上市のまんなか辺りから少し東にずれた、踏切から見える。
最初に気付いたのは、彼がそこで足止めをくらった時だ。遮断機のバーが降りてきて、史人は少しだけさがって足を停めていた。
警報は鳴り続けているものの、電車はなかなかやってこない。普段からケータイを見る習慣がほとんどない史人は、だからその時もケータイをとりだすことはなく、周囲を見た。
史人は道路の左側の歩道に居た。というか、その道路は左側にしか歩道がない。右側は背の高い塀が続いている。その向こうにはたしか、霧上大の旧寮がある筈だ。
左側はというと、こちらにも塀はあるのだが、さほど背は高くない。民家だろう。伸びた木が塀の上にまで姿をあらわしていた。肉桂……かな?
ふと、その向こうが気になった。白っぽい、四角い建物が、線路の向こうに見える。ただ、肉桂や手前の建物が邪魔で、はっきりはしない。
「ハイツ」という文字が見えた。その前におそらく名前が書いてあるのだろうが、そこは見えない。方向からして、線路を越え、左に折れてしばらくすすめば、看板がすべて見えるだろう。
電車が通りすぎ、史人は踏切を渡った。普段の散歩コースを外れ、左へ向かう。そういえば今まで、あんな建物を見たことがあったっけ?
史人は十分ほど、方角的に「ハイツ」がありそうな場所をうろついたが、結局辿りつくことはなかった。
彼は今でも、散歩の度に「ハイツ」を見る。