郵便受け
朝倉篤はそこへ行くのがいやだった。
霧上市内から霧上大橋を渡って、川をのぼるようにすすむとある、霊園という程立派ではないが、ただの墓場というのははばかられる、整備された……墓地だ。
篤は五十歳まで銀行員をやった後退職し、今は配達業をやっている。毎日原付へまたがり、小包などを届けているのだ。
バイクや車が好きで、少し前までタクシー運転手をしていた。霧上の再開発もあって観光客が増え、一時はかなり儲かったのだが、六十五を越えてそれまででは考えられないようなぽかをやらかすようになった。今年の初夏に、立て続けに二回こすってしまい、お客をのせるのがこわくなって辞めた。
ネット通販というものが一般化したというのを、篤は仕事量で実感している。運ぶ荷物がなくなることはない。タクシーほどは儲からないが、仮に事故を起こしてしまっても同乗者が居ない、というのは、篤にとって大きな安心材料だった。
しかし、この辺りはきらいだ。
霧上大橋を越えて向こうには、篤は正直に、行きたくなかった。いやなのだ。市の中心からはなれるほどに、雰囲気がかわっていく。いやな場所になる。大橋を越えるとそれが顕著になる。それに、タクシー運転手を辞める直前に同僚から聴いた怪談を、この辺りに来ると思い出してしまう。
なかでも、その墓地に近付きたくない。墓地そのものが気色悪いというのもあるが、その目の前というか、出入り口というか……不自然にぽつんと設置されている郵便受けがきらいだ。
付近に民家らしきものはない。というか、建物といえば、樹木に遮られているが墓地の内部にあるのが見える、小さなお社らしいものだけだ。まさかあれが現住建造物ではないだろう。
その郵便受けには、数日に一回、ヴィニルで包装された平たい小包を届けていた。例えば、この墓地を管理している会社なり個人なりが、整備の為に必要なものをここへ送っている……ということは考えられなくもないが、かなり強引だろう。一体誰がなにを送り、そして誰がうけとっているのか。
なんの為に存在するのかわからないもので、だからどうにも、気持ちが悪いのだ。
篤は雨が降っているその日、徐行でその郵便受けへ近付いていった。フードの一部だけ透明の雨合羽が、ぱたぱたとなびく。息子の奥さんが、雨の日用にと、厚手で丈夫な雨合羽を先頃プレゼントしてくれた。
篤は郵便受けの手前に原付を停め、郵便受けの戸を開けた。「うわっ」
小包をとりおとしそうになり、慌てて両腕に抱きかかえる。かたんと音をたてて戸が落ちる。
心臓がどんどんと高く打っている。郵便受けのなかになにかが居た。目が合った、という印象が強くある。
顔があった……気がする。両目がしっかりとこちらを睨んでいた。それ以外はくらく沈みこみ、なにも見えなかったが、血走った白目とすぼまった瞳孔が脳裏に焼き付いている。
篤は意を決して戸を開け、なかを覗きこんだ。
なにもない。
ほっとして、いつものように小包をいれ、原付へ戻る。
荷台にかけているシートがゆがんでいた。このままでは荷物が濡れてしまう……。
シートをかけなおそうとすると、荷台のなかからふたつの目が篤を見詰めていた。