優しい声
三好景清は講義を聴いていた。
准教授のうんざりするような単調な声で、眠くなってくる。そもそもここ三ヶ月ほど、きちんと眠れていない。祖父の葬儀、家のこと、形見分け、処分しなくてはならないものと処分してはならないものの区別。
講義が終わり、景清は荷物をまとめて講堂を出た。まだ頭がはっきりしない。欠伸をする。
「大丈夫ですか? 遅れますよ」
目を覚ます。どこかで眠ってしまったらしい。優しげな女性の声が起こしてくれた。「大丈夫です、ありがとう」
景清はろくに確認もせず、前へ足を踏み出した。そこに地面はなく、彼は落ちた。
体を起こそうとすると、強い光と振動に気付いた。景清は線路に横たわっていて、もの凄いスピードで電車が迫ってきている。
「ありがとう」
「いえ」
景清を救ってくれたのは、中学生くらいの女の子だった。危険も顧みずに線路へおり、景清をひっぱって、ホームの下へ避難したのだ。そこに人間がおさまるスペースがあることは、景清は知らなかった。
今、ふたりは病院に居た。景清も女の子も検査をされ、特に異常はないと判断された。そこは景清が少し前に入院した病院で、だから霧上市内にある。
景清はいつの間にか、大学を出て駅へ向かい、更に霧上行きの電車にのって霧上駅へ辿りつき、そのホームのベンチで寝ていたのだ。
警察は景清の自殺未遂を疑っている。景清ははっきりと、女性の声で起こされた記憶があるのだが、景清がそう説明しても誰も信用してくれなかった。あなたが大丈夫といいながら線路へ飛びこんだ、と云うのだ。
「よく、知ってたね」
「あー……前に、社会科見学で」
「ああ」
会話はたどたどしく、続かない。警察官が来て、女の子の迎えが来ていると告げた。「ありがとう。お礼、したいから、名前を訊いてもいいかな」
「はい。出海ことみです」
女の子はぺこりとお辞儀して、警察官とともに病院を出て行った。