まろやか
斉藤史人は不思議に思っていることがある。
たまに友人の浅井奈佐と行く、モーニングがおいしい喫茶店があるのだが、同じものなのに味がかわるのだ。
日によって味にばらつきがある、ということではない。つくったひとが違う、というのでもない。
モーニングは分厚いトースト二枚、ハムエッグ、ゆで卵とトマトとサニーレタスのサラダ、キャベツとベーコンのスープにおかかといりたまごのお握り、という盛り沢山のメニューなのだが、おかかのお握りの味がかわる。
スプーンやフォーク、箸などをつかって食べると少々塩気がきつい。しかし手で持って食べると、何故だか味がまろやかになり、丁度よくなる。おかかの塩気としっかり火が通って歯ごたえのある大きめのいりたまごが、かためのご飯にぴったりなのだ。
また、その喫茶店でモーニングセットを食べていた史人は、マスターと常連客の会話を小耳にはさんだ。
「奥さん、三周忌?」
「そろそろだね」
「おかかのお握り、味がかわらないんで、買って帰るとうちのが喜ぶよ」
「あいつの一番の自慢だったからなあ。モーニングは洋風だって云うのに、絶対にこれもつけろってきかなかった。それに、手掴みのほうがうまいんだって、お客さんによく云ってたよね」
「叱られたことあるぜ俺」
奈佐が驚いたみたいに、笑い合うふたりをちらちら見ていたので、彼女も味の違いに気付いていたんだ、と史人は思った。