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甘い水




「つみくん、泳がないほうがいいんじゃない」

 出海(いずみ)ことみはそう云って、佐伯(さいき)(つみ)を見た。

 積は水着の上にパーカを着ている。左目には眼帯をしていた。少し前に、体育の授業中にとんできたラケットで傷付けてしまったのだが、治りが悪いらしい。余計なものを見ないから楽だよと云っていたが、ことみにはその意味はいまいちわからない。

「すいかの見張り、してようか?」

「お願い」

 ことみは苦笑いで、軽口に応じた。積は大仰にお辞儀し、パラソルの下へ戻る。


 ふたりが通っている霧上中では、毎年夏、臨海学校か林間学校が行われ、夏休みの間の一週間前後がそれに消費される。参加者が多い場合は複数回に分け、一回の参加者は六十人が上限だそうだ。

 参加は任意、ということになっているが、参加したほうが内申点がよくなるというのは周知の事実で、だからほとんど全員参加だ。その為、「夏休みのどの時期に林間・臨海学校へ行くのか」は、生徒には重大な問題になっている。特に、学年やクラスで同じにするという措置はとられないので、友人が居ない組に振り分けられたらどうしようというのは大きな心配ごとである。


 ことみはさいわい、親しくしている積と同じ組になれた。

 今日は、臨海学校ふつか目だ。昨日の昼過ぎにここ、籠海岸近くの宿泊施設へバスで来て、そのあとは施設の設備についての説明や合宿日程の確認、夕飯づくりがあり、誰も海には近寄っていない。

 今日は午前中、施設敷地内の掃除や食事の準備などがあり、その後海岸の清掃をして、午后になってこうやって泳ぎに来ている。しかしこれも合宿の日程に組み込まれていることで、自由に泳ぎに来ている訳ではない。

「佐伯、泳がないのか」

 クラスメイトの松永(まつなが)伊織(いおり)に訊かれ、積は素っ気なく答えた。伊織は口を尖らせる。「だったら林間学校に行ったらよかったのに」

 積は肩をすくめた。


 積の側にも事情はある。

 彼は、所謂「霊感」がある……らしい。積がそこまで積極的にその手のことを発言しないので、ことみはしっかりと彼の状況を把握している訳ではないが、どうやら四六時中()()()をみききしているようなのだ。

 だがそれは、いいことではない。積も、積同様()()()を見ている積の家族もそう云う。普通は見えたり聴こえたりしないものだから、本当は感知できないほうがいいのだ、と。

 積の場合、家族のなかでも特にみきき出来るので、なにか危険らしい。それも、ことみにはよくわからないが、特別なものやめずらしいものは神さまへ捧げられていた、という話を思い出したので、そういうことなのだろうと理解している。

 積は怪我をする前、怪我をする、と予言する不思議な夢を見た。そのなかで彼は、「山へ行くな」という忠告ももらっている。だから、林間学校ではなく臨海学校を選んだのだ。


 ことみは積を気にしつつ、女子生徒達と海へはいっていった。今の積に山はよくないらしいが、海も似たようなものではないのか、と思う。どちらにしても、人間では制御しきれないなにかがあることを感じさせる場所だ。

 海水はなまぬるく、べたべたする。「透き通っててきれーい」

「わ、見て、ピンクのかいがら」

「かわいい~」

「ねえ、あっちに魚が居るって!」

 きゃー、と笑いさんざめきながら、生徒達がそちらへと流れていく。ことみは海の水がそんなに綺麗には見えなかったし、海なんだから魚くらい居るでしょうに、と思った。

 べたべたする……。

 生徒達は、魚を見たいようだ。魚が発見された辺りへ殺到している。引率の先生が声を張り上げる。「沖に行かないように!」救命胴衣でもつけさせてくれたらいいのに。泳げない子だって居るし、沖へ行かなくたって海の水は動いてる。

「あ」

 誰かが驚いたような声を出し、ことみは立ち上がってそちらを見た。上級生があらぬかたを見てぽかんとしている。

 その視線を辿ると、伊織が吃驚したような表情で海の上に立っていた。


 それは一瞬のことで、伊織はすぐに、音をたてて海中へ落ちた。「えっ。松永!」

 上級生が叫んで、ことみにぶつかりながら海へもぐりこむ。ことみは数秒、唖然としていたが、我に返って振り向いた。

「先生! 松永くんが!」

 にわかに周囲が騒然となった。


「大丈夫か」

 伊織は頷くだけだ。

 上級生がすぐに、伊織を海中で捕まえ、海からひきあげてくれた。上級生は水球部だそうで、泳ぐのは得意なのだ。

 伊織はバスタオルで二重にくるまれ、がたがた震えている。彼は、宿舎に残っている先生が車をまわしてくれるまで、パラソルの下で休んでいるようにと、引率の先生に云われていた。

 その先生は、ことみ、積、伊織、伊織を助けた上級生の四人を残し、日があたる砂浜でホイッスルを吹いている。残りの生徒達がすいか割りをしているのだ。それをとりしきらないといけないらしい。

「松永、水、飲んだんじゃないか。気分悪かったら、吐いとけよ」

 上級生が伊織のせなかを撫でながらはげました。ろくに言葉を発しなかった伊織が口を開く。「水、甘かった」

 ことみは積を見る。彼は口の形だけで、わからない、と云う。




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