家で
浅井奈佐は、美術部の女子生徒から相談をうけていた。
女子生徒の親は、子どもが美術系のコースがある高校へ進学したいと云ったことを、よく思っていないらしい。
「親御さんともう少し話し合ったら?」
「もう一週間も、毎晩話してるんです。でも全然わかってくれなくて……」
三日後、女子生徒が登校してこなかった。連絡がなかったことから、学校が彼女の家へ連絡したのだが、彼女の家族は「登校した」と云う。どうやら、学校へ行くふりをして、どこか別のところへ行ったらしい。
奈佐はその日、授業がなかった為、同じく手があいていた先生や事務員達、それに勿論警察と一緒に、女子生徒をさがした。霧上では十数年前から、幼稚園児から中学生くらいの年代の子どもが不意に居なくなり、死体で見付かる、ということが、散発的に起こっていた。大人はそれをおそれていたのだ。
夕方、思い付くところをあらかたさがした奈佐は、失意のまま学校へ戻った。女子生徒は見付からない。
そこへ女子生徒の家族から電話がかかってきて、見付かったという。職員室の空気が弛緩した。
ただ、話はそれでは終わらなかった。
一週間経って、学校を休んでいた女子生徒が登校してきたと思ったら、「進路のことは解決した」と云う。
「親御さんと話し合えたの?」
家出のことがあって親が彼女に向き合ったのだろうか、と思っての質問だった。しかし、女子生徒は頭を振る。
それから奇妙な話を始めた。彼女は家出なんてしていないというのだ。
あの日、彼女はたしかに学校へ行くつもりで家を出た。いつものように「行ってきます」と云った。
しかし、ケータイを忘れたことを思い出して、家へ戻った。
ところが、今の今まで家に居た、そして自分を追い越して出て行った筈がない両親が居ない。家のなかの雰囲気もなんだかがらんとして淋しい感じで、冷蔵庫のたてる音がやけに大きく聴こえる。
居間のテーブルに置いたままだったケータイを手にすると、何故か圏外になっている。電波環境がよい霧上に生まれ育った彼女は、圏外という表示を霧上で見たのははじめてだったので、電波塔になにかあったのかとニュースを見ようとした。
TVをつけると、「女子中学生が行方不明」とやっている。霧上中の女子生徒が居ないと騒いでいるので、こわくなって友人へ連絡をとろうとしたが、圏外なのでそれができない。
学校へ行って訊けばわかると思い、学校へ向かったが、何故かすれ違うひとが全員その場で立ち停まっている。車や自転車も妙なところで停まっていた。みんなゲーム画面がフリーズしたみたいにかたまって動かなかった、と女子生徒は表現した。
学校へ辿りつくともう十時くらいで、慌てて教室へ這入って謝ったが、誰も自分の声に反応しない。クラスメイトも担任もフリーズしていたのだ。
気持ち悪くて教室から逃げ出し、彼女はしばらく構内をうろついたが、動いている人間はついぞ見なかった。
彼女は走って学校をはなれ(「その時学校の時計をたしかめたらよかったんですけど、気持ち悪くて振り向かなかったんです」)、町中駈けまわって両親をさがした。しかし、見付かるのはフリーズしている人間だけだった。
結局彼女は家へ戻り、好物のアイスを食べてから部屋へ閉じこもった。こわさを紛らす為にひたすら、静物デッサンをしていたという。
「そうしたら、突然外から扉が開いて、お父さんとお母さんが這入ってきて、さがしたぞって云われて。さがしてたのはこっちなのに」
「はあ……」
「それで、わたしの話は聴いてくれなかったんですけど、家出する程なら美術科へ行っていいって云ってくれました。家出はしてないんですけどね」
彼女は困ったように笑った。