喋るな
宇喜多みどりは放課後、美術室に居た。
彼女は美術部という訳ではないのだが、友達の美術部員がコンテストに出す絵の梱包を手伝っていたのだ。
友達は数枚、大きな絵をそれぞれ別のコンテストへ出品するらしく、絵を確認しながら大きな紙で包み、宛先を書いた紙を貼り付けていた。ほかの美術部員達も、それぞれコンテストへ絵を送るようで、梱包作業をしている。
「ありがとね、みどり」
「うん……」
みどりは美術室の隣にある、準備室の扉を見る。扉は先程から、不意に少しだけ開いたり、不意に閉じたりしていた。立て付けが悪いのだろうか。
みどりはガムテープを切り、友達へ渡しながら、それを見ていた。すると、扉が少し開いて、その向こうに誰かが立っている。顔が見えたのだ。
坊主頭で、日に焼けた顔の、おじさんだった。にやにやしている。あんな先生が居ただろうか……?
美術部は朝倉という女性教師が顧問をしている。補助をしている浅井も女性だ。男性教師は美術部には関わっていないし、そもそもあんな男性教師は居ない。
みどりは更に、妙なことに気付いた。おじさんの顔は見えるのだが、体が見えない。くらくなっていて、まるで顔だけ描いてあとは黒く塗りつぶした絵のようだ。
「ねえ、あの扉」
みどりがそれを示すと、別のクラスの男子生徒が顔をしかめた。「あれについては喋るな。梱包してると出てくるだけだから」
みどりが美術部に居る間中、その扉はかすかな動きを繰り返していたが、みどりはもうなにも云わなかったし、そちらを見ないようにしていた。