もうひとり
竹中草太朗はひとり、泳いでいた。
霧上中の水球部には、専用の練習用プールがある。屋内のものだ。
最盛期には、部員は数十人居たらしく、その頃につくったものが残っているのだ。今は部員は二十人前後で推移していた。
草太朗はまだ中学二年生だが、水球で有名な高校への進学がほぼ決まっていた。そこの水球部の監督と約束があるのだ。だから、ほかの部員よりも練習にも試合にも力がはいっていた。中学時代の活躍次第で、高校にはいってすぐにレギュラーをとることも夢ではないかもしれない。そんな気持ちがあった。
ほかの部員達もきちんと練習はするが、草太朗のように泳ぎ続けることはない。草太朗は父も水球をやっていて、中学のうちはなにを置いても泳ぎに比重を置いた練習をすべきだと云われていた。今までの戦績もあって、草太朗は父の言葉を信頼している。
自主練を終え、きがえて荷物を持ち、帰ろうとしていると、プールから音が聴こえてきた。誰かまだ残っているのだろうか、と、草太朗は嬉しくなった。自分のようにやる気のある部員がいたら、勝率が上がると思った。
プールサイドへ戻って、草太朗は波紋がひろがり続ける水面を見た。波は起こるし、水は動いている。誰かが泳いでいるみたいに。
しかし、水のなかに人影はなかった。
草太朗は職員室で顧問に、もうひとり泳いでたんですけど誰かがわかりません、と伝えた。顧問はわかったよと苦笑いでプールを確認してくれた。プールには誰も居なかったそうだ。