借りは返した
出海ことみは少し前に霧上に引っ越してきた。まったく別の地域の小学校に通っていたので、小学生からの友達は霧上には居ない。
「ことみ? 久し振り」
電話、と親に呼ばれて階下へ降り、受話器をとると、懐かしい声がした。幼稚園から小学校卒業までずっと一緒だった、メイちゃんだ。彼女は家の方針で、高校生まではケータイを持てないそうで、だから電話はいつも固定電話をつかっていた。
「メイちゃん! 元気?」
「うん。ことみ、そっちはもう慣れた?」
「うん! あのね、メイちゃんみたいにオカルトが好きな子が居て……」
その日は日曜日で、ことみは家族と、ショッピングモールへでかける予定だった。ことみはあたらしい服と靴を買ってもらうのが楽しみだったし、帰りがけには古本屋にも寄るから、図書館で借りて面白かった本をさがすつもりだった。
けれど、出発の予定時間になってもメイちゃんとの話は終わらず、親もことみの長電話を咎めなかった。転校してこんなふうに長話できる友達が減ったことに、罪悪感があったのだろう。
「あ、もう一時間も話しちゃってるね。ごめん、ことみ」
「ううん! また電話して。わたしも電話するから」
「うん。ケータイ買ったら一番はじめに電話する。これで借りは返したから」
「え?」
通話が終わった。
予定よりも遅れて、車で家を出発すると、ショッピングモールへの道を半分ほど行ったところで渋滞が始まり、車が動かなくなった。パトカーのサイレンが聴こえてくる。
のろのろと車はすすみ、街路樹が車道に倒れているのが目にはいった。ケータイで検索してみると、三十分程前にその事故が起こったらしい。それは、予定どおりに出発していたら、ことみの家の車がこの辺りを通っていた時間だ。
夕方、メイちゃんにそのことを電話で伝えたが、彼女は「借りを返した」という言葉については覚えていなかった。