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握手
松永大河は車を運転していた。
いつもの通勤風景だ。特に変化はなく、彼はいつもどおり、信号のない交差点で一時停止した。左右を確認し、また、車を走らせる。
息子のお弁当をきちんと用意したかな、とか、妹の靴下に穴があいていたからあたらしいのを買わないといけない、とか、そんな細々したことを考えていた時だ。脇道から子どもがとびだしてきた。
「ごめんなさーい!!」
「大丈夫だよ!」
そこまで速度を出していなかったのがさいわいして、車は子どものかなり手前で停まっていた。大河は謝りながら道を横切る子どもに笑みを向け、その姿が見えなくなるとほっと息を吐いた。危うく子どもをひいてしまうところだった。
足はブレーキをしっかりと踏んでいる。左手がなにかあたたかいものを握りしめていた。サイドブレーキを引いているらしい。
大河は自分の左手を見た。左手はサイドブレーキではなく、シートのすきまから出ている手を掴んでいた。
感触を残して、手がしゅっとひっこんだ。




