洞窟
陶まるみの夫の実家は霧上にあるのだが、彼女は成る丈そこに近寄らないようにしていた。
舅や姑と折り合いが悪い訳ではない。地理的な問題だ。夫の実家は霧上川の上流、山の中腹あたりにあるのだが、そこまでの移動も億劫だし、大体あまり雰囲気のいいところではない。どことなく空気が悪い。
それに、敷地内に洞窟があるのだ。夫の実家へ行くとそこにお参りらしきことをさせられるのだが、それもいやだった。洞窟内に、祭壇みたいなものがしつらえられているのだが、仏教的とも神道的ともつかない、かといってキリスト教だのイスラムだのとも似ても似つかないものなのだ。
「陶さん」
翌日、夫の実家へ行くことが決まっていて、憂鬱な気分だったまるみは、突然の呼びかけに買いものかごをとりおとしそうになった。
「はい? ……ああ」
まるみはほっと息を吐く。スーパーの通路で、まるみのように買いものかごを提げているのは、臨海学校の指導員をやった時に居た生徒のひとりだ。まだ眼帯をつけてる……。
「ええと、佐伯くん」
「はい。臨海学校では、お世話になりました」
佐伯はきちんとお辞儀をする。少しやんちゃだが、感じのいい子だ。
「陶さん、これうけとってください」
「え?」
「じゃあ」
佐伯はまるみの手になにかを握らせ、さっと踵を返していなくなった。
まるみは唖然としていたが、手のなかを見ると首を傾げた。そこには小さな、鈴のようなものがあった。
あのあと、まるみは買いものをすませて、ネットで画像検索をした。佐伯の家は神社だ。そこの売りもので、土鈴というらしい。
ころころと綺麗な音がするそれは可愛らしく、まるみはハンカチでそれを包んでポケットにいれ、夫の実家へ向かった。あの様子だと、まさか恋愛感情を抱かれているなんてことはないだろう。家の売りものを、そういうのが好きそうなおばさんにくれた、それだけだ。
どういう訳だか、洞窟へのお参りらしきことはさせられたけれど、いつものようにいやな感じではなかった。舅と姑は、孫の顔を見たい、一晩泊まって行けといっていたのに、渋い顔をしている。まるみが手伝いを申し出ると、笑顔で遮られた。
まるみ達家族は近所の農園でとれたという野菜とともに、その日のうちに夫の実家を出ていた。
残念なことに、家へ戻ってハンカチを開くと、土鈴はまっぷたつに割れていた。