「本当に」
三好景清は眠りそうになっていた。
前方では、僧が読経している。葬祭場は空気が澄んでいて、かすかに抹香の香りがし、眠気を誘う低くて単調な声に充ちていた。
大学生の景清は霧上の生まれだが、しばらくはなれていた。戻ったのは、育ててくれた祖父の葬式があるからだ。喪主は親戚がしてくれたし、お金も負担してくれた。遺品整理もしてくれている。
移動の疲れがあったのだろう。景清は頭を振って、眠気を追い払う為に、まわりの親戚や祖父の友人達に断って、トイレへ向かう。祖父は友人が多く、参列者は大勢居たし、弔花も沢山届いている。
トイレで顔を洗ったが、頭がはっきりしない。「景清、大丈夫か」
トイレの出入り口から、親戚のおじさんが顔を出していた。
「大丈夫」
「無理しなくていい。少し眠ったほうが」
「大丈夫。本当に」
景清はそう云いながら、廊下へ出る。そのまま、外へ出た。
気付くと、景清は病院のベッドで寝ていた。点滴がつながれている。
景清はあのあと、葬祭場をぬけだし、高校生まで住んでいた祖父の家に行ったらしい。しばらくあとに家の外で倒れているのを、近所の中学生ふたりが見付けてくれて、景清は緊急搬送されたそうだ。命に別状はないが、過労だそうで、数日は入院しろとのことだった。
「お前、これを持ってたんだ」
おじさんが見せてくれたのは、くしゃくしゃになった封筒の写真だった。祖父宛の、誰かからのラブレターだったそうだ。
「ばあちゃんから?」
「字が違うんだと」
祖母以外からのラブレターを後生大事にとっていたとなれば、見付からないように厳重に隠していたのだろう。現に、親戚達が遺品を片付けに家に這入った筈なのに、見付かっていなかった。
「おじさん、これを棺桶にいれてほしくて、お前にのりうつったんじゃないかなあ」
「のりうつった?!」
思いがけない言葉に、景清の声がひっくり返る。おじさんはこともなげに云った。「おじさんにそっくりだったんだよ。お前の、『本当に』の云いかたが」