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桜
宇喜多みどりの家には桜の古木がある。
それは庭の、コンクリートを打った貧弱な池の傍にあった。池は、みどりが生まれた頃に父がつくったものらしいが、今では水がはいっていない。
傍に水道もあるし、水をためておくことはできる。だが、栓をぬき、雨の日にはシートをかけて、家族は決してそこに水がたまらないようにしているのだった。
みどりはそのことを友達に喋って、「それっておかしいんじゃない」と云われてはじめて、変なことなのだわかった。
みどりはその日、家に帰って、縁側でひなたぼっこしていた祖父に、池のことを尋ねてみた。
「あの池、どうしてお水をいれないの?」
「水を張ったら桜が怒るけえのお」
祖父は生まれ故郷の訛りでもがもがと喋った。「きろうとるんじゃ、水気を。池に水がたまると、桜から血が流れるんよ」