味覚
浅井奈佐は、友人の斉藤史人と、食べ放題の店に居た。
史人とは同じ大学、同じ学部で、サークル活動も一緒にしていた。お互い教員になった今も、たまの休みに一緒にでかける仲だ。
といっても、恋愛関係ということではない。食べ放題や大盛りの店をめぐる、という同じ趣味があるだけだ。
史人は背が高くややぽちゃっとして、憎めない顔をしている。いつも楽しそうにご飯を食べるので、奈佐は史人を見るのも楽しみにしていた。
のだが、今日は史人の様子がおかしい。いつものように食べものを口に運びはするのだが、あまりおいしそうに見えない。
「どうしたの?」
「んー、風邪でもひいたかな。味がよくわからない」
「大丈夫?」
「朝は平気だったんだけどな。うつしたらごめん」
史人はそう云って頭を下げ、奈佐は心配で彼をじっと見ていた。
味がわからない、という発言からかなり時間が経って、とってきたものは食べないと、ともそもそ食べていた史人が突然、目を瞠った。
「あれ?」
「なに?」
「なんか、いきなり味がわかった。うわ、これめちゃくちゃうまいじゃん」
がつがつとかきこんでいる。「なんだったんだろ」
「風邪、治った?」
「いきなりひいて、いきなり治る風邪かあ。やだなあ」
史人の車で帰る途中、奈佐は口コミサイトで先程の店の評判を見た。大概は好意的な意見なのだが、なかには辛辣な意見もある。「食べ放題は味がしない」「一回行っておいしかったからまた行ったが、二回目は薄味すぎた」「なにを食べているかわからないくらい味がない」。
奈佐はなんとなくいやな感じがして、あのお店には二度と行かないと決めた。