秋雨
朝倉しずくは台所に立っていた。
秋も深まり、午前四時頃は特に冷える。しずくはその時間に目を覚まし、もう眠れそうもないので起きて、朝ご飯とお弁当の用意をしているのだった。
秋雨が屋根をぱたぱたと叩いている。しずくは欠伸をした。
「おはよう」
びくっとして振り返ると、夫が立っている。やけににこにこしていた。「おはよう」
「朝練?」
「ううん。目が覚めちゃったの」
しずくは苦笑いし、夫はにこにこしたまま隣に立った。しずくは霧上中で、美術部の顧問をしている。
朝練はないが、夫の云うことはわかった。コンクール前に、生徒達が朝はやくから美術室をつかいたがり、しずくが許可をとることがあるのだ。
夫はしずくがつくったアスパラガスのベーコンまきをつまみ、口へ含む。
「こら」
夫はへへへと笑うだけだ。子どもっぽい笑顔をしている。しずくはなんとなくそれに対して怒りがわいてこず、優しく訊いた。
「あなた、こんなにはやくから起きてていいの? 今日は午后からなんでしょ」
「だいじょうぶ」
夫はにこにこしながら、ダイニングテーブルから椅子を持ってきて座り、できあがったおかずをぱくぱく食べている。しずくは呆れながら、ご飯をよそってあげた。夫は普段、食欲が旺盛なほうではない。
二杯目のご飯を食べている途中、夫は唐突に席を立ち、廊下へ出て行った。お手洗いだろう、としずくは考え、タッパーにさめたおかずをつめていった。通勤途中、コンビニでおにぎりと野菜ジュースを買えば、立派な昼ご飯だ。
「おはよう」
夫が寝ぼけ眼で戻ってきた。しずくはくすっとする。「さっき云ったでしょ。ご飯、もう少し食べる?」
「え?」
「え?」
夫はきょろきょろして、自分の茶碗にひと口分残ったご飯を見た。「僕、今起きたばっかりだけど……」
それから秋雨になると、しずくのもとにはもうひとりの夫が来るようになったが、なにか食べたがるだけなのでしずくはご飯をあげることにしている。