かべちょろさん
陶まるみは家の掃除をしていた。
秋というのにやけに暑い日が続いていたが、それが和らいで、大がかりな掃除をする気力が出てきた。PTAの仕事もこのところない。
まるみは結婚前から、毎月大がかりな掃除をする習慣があった。
年末の大掃除は勿論徹底的にやるのだが、それの半分くらいの労力をかけて毎月末には掃除をするのだ。
家具を動かしてその裏や下も綺麗にし、服や毛布など洗えるものはすべて洗ってコインランドリーで乾燥し、耐熱の食器は全部煮沸する。毎月は流石に無理だが、布団の打ち直しも半年に一回はしていた。
「あ」
まるみは腕で額を拭う。
約ひと月ぶりに動かしたたんすの裏に、やもりが居た。「かべちょろさん」
まるみは屈みこんで、やもりの様子を見た。
やもりは普通のものより幾らか大きくて、黒っぽい。といっても、いもりほど黒くはない。とびだしたような目で、まるみをみとめたらしかった。
「お掃除するから、ちょっと移動してもらえますか」
丁寧な口調で頼む。夫や上の子は嫌うのだが、まるみと下の子は、やもりは平気だ。出てくると、可愛い々々と騒ぐ。
やもりは、まるみの言葉を理解した訳ではないだろうけれど、ちょろちょろと移動していった。まるみがすでに拭いた壁に辿りつく。「そこなら大丈夫です」
やもりは動かなくなった。賢いなあ、とまるみは思う。
「お母さん、痛いよ」
窓のサッシを掃除していたまるみは、下の子の声にはっとして顔を上げた。「どうしたの? みーくん?」
手にしていた道具を放り投げ、廊下へ行った。
「転んじゃった」
「みーくん? どこ?」
「さかのした」
声が上から聴こえた。
まるみは顔を上げる。
やもりが天井に張り付いていた。
「みーくん、ころんじゃった、おかあさんはやくきて、みーくんひまわりびょういん」
やもりがぽとりと、床へ落ちた。「はやく」
まるみはサンダルをつっかけて、外へ飛び出した。
息子は学校の前の坂を下りたところで転び、足首を酷くひねっていた。その場で近所のひとが通報してくれて、病院は運び込まれ、すでに治療をうけたあとだ。
「お母さん、すぐ来てくれて、ありがと」
息子はベッドの上でご機嫌だ。まるみは微笑む。この病院は、建物の側面にひまわりの絵が描いてあって、息子はいつもひまわり病院と云うのだ。
まるみは息子の額を撫でる。「かべちょろさんが教えてくれたんだよ」