バイクで行こう
小山田郁は、たくましい従兄の体にしがみついていた。バイクの上だ。従兄は郁より六歳上で、つい先日バイクの免許をとって、中古のバイクを買った。
郁が「遊園地へ行きたい」と夏休みに電話で云っていたことを従兄は覚えてくれていて、「バイクでつれてってやる」と誘ってくれたのだ。だから郁は、それに甘えた。
郁と従兄は実の兄弟よりも仲が好い。途中、郁がソフトクリームをねだると、従兄は道の駅で快く買ってくれた。
「にいちゃん、ひとくちあげる」
「おう」
郁がプラスチックのスプーンでひと匙、ソフトクリームをあげると、従兄はお返しにとメロンパンをひと口くれる。ふたりはどちらも甘党だ。
甘いものでエネルギーをチャージし、ふたりはバイクにのって移動を再開した。郁は従兄の体にまた、しがみつく。従兄は筋肉質で、かたい体をしている。従兄の体はあたたかく、幼い頃から慣れている匂いがした。郁は眠たいような、やわらかい気分になっていくのを感じる。
赤信号で停まった。遊園地まではあと少しだ。霧上川にかかる、霧上大橋が見えた。
郁は従兄の腕を軽く叩く。
「にいちゃん、また腕が太くなってるね」
「郁はいつまでもひょろひょろだな。運動部だろ」
「サッカー部」
「ウェイトトレーニングしたほうがいいぜ。サッカーって体幹が……」
従兄が妙なところで口を噤んだ。「にいちゃん?」
「郁」
「うん」
「にいちゃんが目を開けていいって云うまで、目を瞑っとけ」
「どうして?」
「いいからいうこときけ!」
従兄はそう云って、バイクを発進させた。信号が青に変わったのを目に焼き付けて、郁はぎゅっと目を閉じた。
バイクは停まらない。何度も角を曲がっている。従兄はどうしても停まりたくないようだ。信号が赤なのがわかったら、その度に手前の脇道にはいっているのだろう。
やわらかい、しあわせな気分は、どこかへ飛んでいってしまっていた。郁は恐怖に震えながら、従兄にしがみついていた。
「もういいぞ」
バイクが減速し、従兄がそう云った。郁は目を開けようとしたが、思いとどまる。
「郁、もういい」大きな声だ。「いいって云ってるだろ。目を開けろ。俺を見ろ」
郁は返事をせず、ひたすら従兄にしがみついていた。この声はなにかが違う。どこかがおかしい。
きーっと音をたててバイクが停まった。
「郁、目を開けていい」
郁は感覚がなくなってしまった手の力をゆるめ、目を開けた。
「にいちゃん」
「いい子だな」
従兄は振り向いて、にこっと笑った。右頬が血まみれだ。
遊園地には行かなかった。従兄は右頬に傷を負い、右耳の一部を失った。
なにを見たかを、従兄は郁に教えてくれない。ただ、霧上大橋には絶対に近付くなと云われた。郁はそのいいつけをまもるつもりだ。
今度こそバイクで遊園地へ行こう、と、退院してすぐに従兄は云ってくれた。