下駄
出海ことみは佐伯積の家に居た。
積の家のお手洗いはみっつある。住居の建物内のものと、外にある風呂場に隣接したもの、神社の参拝客用につくられたものだ。
佐伯家の面々は主に、住居内のものと風呂場に隣接したものをつかっていた。ことみも、積の家にお邪魔した時はそのどちらかをつかう。
住居内のお手洗いに誰かがはいっていたので、ことみは勝手口から外へ出た。ことみはよく積の家に来るので、勝手口に一足スリッパを置いている。家事のお手伝いをする時などに、いちいち玄関にまわるのが面倒だからだ。
ことみは近所のスーパーで買ったスリッパを履いて外へ出、お風呂場近くへ移動した。お風呂場もお手洗いも古く、木造だ。虫が沢山居るのだが、ことみは古めかしいお手洗いを嫌ってはいなかった。
お手洗いの扉に手をかけた瞬間、なかから扉が開いた。「あっ、ごめんなさい」
間の悪さに思わず謝って、ことみは道を譲ろうと横へずれ、お手洗いから出てきた人物を見て口をぽかんと開けた。
お手洗いから出てきたのはことみだった。髪型も服もかわらない。
あちらも驚いた顔をしていたが、瞬いている間にその姿が消えた。
ことみは停めていた呼吸を再開し、先程の「ことみ」に自分とひとつだけ違うところがあるのに気付いた。
もうひとりの自分は下駄をはいていた。