地震
出海ことみは欠伸をした。
隣には佐伯積が居る。日曜日、ふたりは週明けのテストに備えて図書館で勉強していた。
霧上図書館は新築の建物で、隣に書庫になっている旧館がある。さらに、通称「テラス席」と呼ばれる、サンシェードの下に設けられた席もあった。新館と旧館とテラス席で、コの字型になっている。テラス席は、図書館で本を借りたらつかってもいいということになっていたが、その実散歩の途中の休憩につかうひとがほとんどだった。
ことみと積は、テラス席でノートと教科書、問題集をひろげ、復習していた。近くに自販機があって、ことみはウーロン茶、積は甘い炭酸飲料を飲んでいる。
「ことみ、眠そうだね」
「ちょっとね」
ことみは積になにか云おうとしたのだが、忘れた。複数の悲鳴が聴こえたからだ。
新館からひとが走り出てきた。ひとりではない。大勢だ。そのうちの半分以上は歩道や車道まで出て行った。残りはテラス席のほうへやってきて、這いつくばっている。「凄い地震だったな」
「家に帰らなくちゃ、おばあちゃんひとりじゃ逃げられない」
ことみは積と目を合わせる。地震なんて起こっていない。
どんと音がして、新館の、旧館に近い側の角が崩れた。崩壊は停まらず、新館の玄関があっという間に埋まる。
「手抜き工事だって」
火曜日、次の日のテストに備えて積の家で勉強していたことみは、積と一緒に彼の姉の話を聴いた。
「業者が悪い材料をつかったんだって。その分お金がうくから、余計に儲けられるでしょ。重たい本に耐えられなかったのかなあ」
結局あのあと、図書館の新館は半分ほど崩壊してしまった。直前の揺れに驚いて、利用者も職員も全員逃げていたのがさいわいで、怪我人は居なかった。
あのひと達が感じた揺れが、なにを原因にしたものかはわからない。手抜き工事だったからかもしれない。だが、倒壊の直前であってもそれが起こってよかったとことみは思う。