後日譚・3
「つみくん」
「うん」
出海ことみは佐伯積の家の、縁側に腰掛けていた。ダウンジャケットを掻きあわせ、ジッパーをあげる。
寒いのに、積は素足に下駄をひっかけて、庭に出ている。焚き火をしていた。落ち葉だけではなく、なにか別のものも焼いているらしい。紙が燃える匂いがする。
あれってなんだったの、と訊きたいけれど、その言葉はことみの咽から出てこない。
駅前での騒ぎが収まった直後、積はもそもそと、説明らしきことをしてくれた。
その言葉に拠れば、あれは西にある、山のほうから来た、らしい。
あれがなにかもわからないし、ことみにはなにも見えなかった。
構造がよくない、と積はあの時繰り返していた。まさか、今工事をしているロータリーの話ではあるまい。
あのロータリーと、駅前広場と、駅ビルとの関係性がどうとかこうとかで、ロータリーは位置をかえることになったのだ。その所為で集団ヒステリーが起こり、大勢が気絶したり、幻聴幻覚に襲われたりした、ということで市は決着をつけたいらしい。
波と一緒で――。
水みたいなもの、らしい。積は、それ以上に説明をしてくれない。ただ、水みたいなものだから、向こうへ追いやればいずれは跳ね返るみたいに戻ってくる。仕切りを越えることはできないから。
偏在していたら大丈夫なのに、まとめるからよくない、とも、彼は云っていた。
積は、耳につけた金のピアスを、指先で弾くみたいにする。
この間、藤総合病院でピアス穴を開けたそうだ。積の両親の知り合いの医師が居て、そのひとにしてもらった。病院でピアス穴を開けるものなのか、と思ったけれど、なにかしら意味があるのだろう。
あのピアス自体は、積の母がつくったものだ。余計なものを成る丈見ないように、成る丈聴かないように、積のことを「調整」する為のものらしい。仕組みは、ことみにはわからない。でも、それで少しでも積が楽になれるのなら、そのほうがいいと思う。
「俺を狙ってもだめだったから、小山田くんや宇喜多さんに矛先をかえてたみたいだね」
積はことみを振り返る。にっこりして、木の枝で焚き火をつついた。「ことみ、いいものがあるよ」
「え?」
「一緒に食べよう」
ころっと、焚き火から転がり出たのは、アルミフォイルの包みだった。
「焼き芋」
「わ」
ことみはひょいと、靴脱ぎ石の上の下駄に足をいれて、地面へおりる。積はにっこりした。「おいしいものを食べて、元気をつけよう。そうしてたら、ああいうものとは関わらないでいられるからさ」
ふたりは焼き芋を沢山食べて、西の山へ日が沈むのを見ていた。