足首に気を付けて
「また、こんなもん読んでんのか、お前ら」
出海ことみは、顔をしかめそうになってこらえた。ちらっと見た左隣の席では、佐伯積が、ちろっと舌を出している。
霧上中学校二年四組の教室、ことみの席にはオカルト系の書籍がひろげてあった。
担任教師の荒木がそれを掴み、興味なそうにぱらぱらとめくった。「なんだあ? お前ら、中学生にもなっておまじないか?」
「先生、別れた恋人とよりを戻すおまじないもありますよ」
積がふざけた調子で云うと、荒木は苦笑いした。
「くだらん本を読んでるひまがあるなら、勉強でもしたらどうだ。それにな、中学生に恋人なんてはやいぞ」
荒木はことみの机へ本を戻し、教室を出て行く。その姿が廊下へ消えた。
と思ったら、ひょいと顔を出す。「六時までだからな。下校時間が来たら帰りなさい。まだ日が短いんだから、くらくなったら気を付けるんだぞ」
「はい」
ことみと積は声を合わせた。積が笑顔で付け加える。「先生は、足首に気を付けて」
翌日、登校したことみは、クラスメイト達が沈んだ表情をしているのに気付いた。左隣の席の女生徒へ尋ねる。彼女はクラスメイトのなかでもひときわ、顔色が悪い。「どうかしたの?」
「荒木先生……骨折で、お休みだって。どうしよう……」
「昨日、帰り道で自転車に跳ねられたそうだよ」
声に振り返ると、積が居た。彼はことみの右隣、自分の席に着き、脚を組む。
ことみも席についた。「つみくん……」
「忠告したのに」
積はにこっと笑う。
放課後、ふたりは積の知り合いのお店でお酒を買い、荒木が交通事故に遭った現場へ赴いた。ふたりとも未成年だが、用途を知っている人間なら積にお酒を売ってくれる。
積は荒木の事故現場――なんの変哲もない十字路――にお酒をぶちまけ、カップとプルタブをビニール袋へ戻す。胸ポケットから小さく切った和紙に包んだ塩をとりだし、お酒の上へまく。短く祝詞を述べ、積は表情をやわらげた。
「もう大丈夫」
ことみはほっと、息を吐く。
ふたりは並んで歩いていた。向かう先は、積の家がある幡多神社だ。「荒木先生も、気をもたすような態度とらなきゃいいんだ」
「つみくん」
「彼女には同情するな。今頃、寝込んでるよ。多分それだけですむだろうけれど」
揃って溜め息を吐く。
ふたりがおまじないの本を読んでいたのは、積が荒木の足首を、子どものものらしい手ががっちり掴んでいるのを見たからだ。
それは所謂「生き霊」というものらしい。ことみの隣の席の子だね、と積はこともなげに云い、ふたりはわざと放課後の教室へ残って、彼女の机をさぐった。出てきたのがあの本で、別れた恋人を引き戻すおまじないのページが折られていた。
気持ちが強すぎたのか、おまじないが不完全だったのか、彼女は生き霊になって荒木の足首を握りしめていたのだ。自転車にはねられたのは、それに足をとられたからだろうと積は判断していた。
「まあ、なんとかなるよ」
積はチガヤを不用意に触り、指先を切った。ちゅっと血を吸う。「次は怪我人が出る前になんとかしたいな」
「次がないほうがいいんじゃない?」
ことみが云うと、彼はおどけて肩をすくめた。