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ひとり、夏。

作者: 城内杏子

 「はあ・・・・・・今日も収穫なしか」

 クーラーの弱い風が,伸びをしたわたしの腕にそよそよと当たる。

 手の中のスマートフォンの画面には,なんの面白みもないメッセージのやりとりが繰り広げられたあとの沈黙。数分間があいて,無難なウサギのスタンプがシュポッと送信されてきた。


 マッチングアプリに登録したのはもう3ヶ月も前のこと。きたる大学生活最後の夏休み。彼氏でも作って謳歌したい。「友達のユカは1ヶ月でマッチングできたんだから,わたしだって夏休みまでにはなんとかなるだろう」なんて,楽観的に考えていた。


「甘かったのかな」


伸ばした腕の先のスマホ画面を見上げてぼんやりしていると,ふいに手の力が抜けて,スマホが落下してきた。鈍い音を立てて私の顔面に直撃する。


 鼻を擦りながら床に転がったスマホを拾い上げると,カメラロールが開かれていた。


 "1年前の今日 水族館"


 そういえば,去年の今頃だった。

 まったく,こういうときに最近の技術の進歩を恨む。

 そのままスワイプすると,ペンギン,イルカ,アザラシ,と涼し気な青い写真が続き,そして,後ろ姿が映し出された。昨年,こっそり撮った写真。


 水槽にはりついて,子どものように熱帯魚を見つめる彼。


 なんで今,彼は隣にいないのだろう。


 運命だと思っていた。実家から遠く離れた地で出会ったのに,同じ出身地だった。同じバイト先だった。同じサークルだった。同じ専攻だった。廊下で頻繁にすれ違った。いつもはあまり笑わないのに無邪気な笑顔を向けてくれていた。彼の交友関係を教えてくれていた。大切にされていた。大切にしていた。


 考えるのはよそう。もう1年も前なのだから。

 カメラロールを閉じて懲りずにまた,マッチングアプリを起動する。


 同じ出身地の人なんて,どこにでもいた。同じ専攻の人なんてごまんといた。どこかですれ違ったことがあるかもね,なんて人もいる。


 彼と同じ条件の人は,世の中にたくさんいた。運命なんかじゃなかった。特別なんてなかった。


 わたしがぼんやりしている間にも,「いいね」が来る。こちらも適度に「いいね」を返す。彼の愛は得られなかったけれど,こんなにわたしを良いと思ってくれる人がいる。だから,平気だ。


 画面をタップしながら,視界がぼやけた。


「あれ・・・・・・」


 頬に触れるとぬれていた。


 今年はひとり,夏。

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