二の刺客、武蔵②
武士は身じろぎもせず、山小屋の薪割用の木株に腰を下ろし、腕組みをして待っていた。
「お待たせ致した、我は柳生蓮之助にござる。名乗られよ!」
「作州浪人宮本武蔵、参る!」
武蔵は、名だたる強者たちと闘い、負けを知らぬという天下に名高い剣豪で、蓮之助も、一度は戦ってみたいと思っていた相手である。
二人が小屋の横の広場で対峙し刀を抜くと、小鳥のさえずりが止み、冬の冷たい風が、ピューと吹き抜けた。
武蔵は、最初から二刀は抜かず、正眼の構えを取った。彼の身体から発する闘気は、負けを知らぬ王者の風格が滲み出ていた。対する蓮之助も、同じ正眼の構えで応じた。
二人は暫く睨み合っていたが、先に仕掛けたのは武蔵だった。彼は、正眼の構えから上段に振りかぶると、一気に振り下ろして来た。蓮之助も、殆ど同時に上段に振りかぶった刀を、一歩踏み込みながら打ち込むと、刀と刀がぶつかって火花が散った。
二人は、そのまま刀を合わせた状態で睨み合い、鍔迫り合いをしている内、蓮之助の足が武蔵の足を掬った。武蔵がバランスを崩したところを、蓮之助が上段から打ち込む。武蔵は、バランスを崩しながらも、後方にくるりと一回転して、下から上へ斬り上げた。
「ガッ!」
刀と刀が激しくぶつかり合った瞬間、蓮之助の刀は撥ね返されてしまった。
(何という威力だ、先ほどよりも威力が増している!)
蓮之助が、一歩後退して体勢を立て直す。
武蔵は、ここで腰の小刀を抜き、二刀流となって蓮之助を責め立てた。
二つの刀が時間差で襲ってきて、それが、上下、左右と変則的に出てくるのだ。変幻自在の武蔵の剣は、蓮之助に無刀取りの隙を与えなかった。
「ガッ、ガッ」
武蔵の剛腕から振り下ろされる刀に力が籠り、受ける蓮之助の腕に衝撃がビンビンと伝わって来る。それは、戦うほど強まるように蓮之助には感じられた。
(うう! 流石だ。日の本一と言われるだけの事はある、だが、このまま負けるわけにはいかぬ)
刀の威力では劣っている蓮之助だったが、動きでは負けていなかった。蓮之助は、武蔵の二刀流の太刀筋を読みながら、応戦していった。
共に、全身全霊をかけた剣豪の戦いは、一時【二時間】が経っても勝負はつかなかった。
その凄まじい戦いを、木の影から、伊賀の二人が息を呑んで見ていた。
土煙を上げて打ち合っていた二人の動きがピタリと止まった。その時、強い風がゴーッと吹いて枯れ葉が舞った刹那、武蔵の豪剣が唸りを上げて振り下ろされると、受けた蓮之助の刀は鈍い音と共にポキリと折れた。
後方に下がる蓮之助に、容赦なく武蔵の二刀が襲う。蓮之助は更に後方に下がりながら、折れた刀で必死に防御していたが、埒が明かぬとその刀を武蔵目掛けて投げつけた。それを武蔵が刀で叩き落した瞬間、猛然と蓮之助が彼に組み付いた。二人がゴロンと一回転して左右に飛びのくと、武蔵の長刀は蓮之助の手に握られていた。
蓮之助と武蔵は、荒くなった互いの息遣いを聞きながら暫し睨み合っていたが、どちらからともなく刀を引いた。
「蓮之助殿。この勝負、引き分けといたそう。このまま続ければ、お互い命はあるまい。勝手なようだが、儂もまだやりたい事がある。勝負は、次の機会に致そうぞ。
実を言うと石舟斎殿に立ち合いを断られてな、お主の柳生の剣と戦う為には徳川の刺客を引き受けるしかなかったのだ。お陰で、柳生の剣の真髄の一部を見させてもらい、勉強になり申した」
武蔵は小刀を納めながら、蓮之助に笑いかけた。
「武蔵殿の二刀流も、とくと見せて頂いた。さすが、天下に名を轟かす豪剣でござった。
また、あの娘の命を助けて頂いた事、お礼の言葉も御座らん」
蓮之助は、深く頭を下げた。
「なんの。女子相手に、本気になるわけにもいくまい。だが、あの二刀流もなかなかのものだった。お主の仕込みか?」
「いや、まだまだ未熟。恐れ入る」
蓮之助が、苦笑した。
「すぐにも次の刺客が来るやも知れぬ故、その太刀を進ぜよう」
武蔵は、自分の太刀を蓮之助に譲ると、さっさと山を下りて行った。蓮之助は、再び剣を交える事を誓いながら、天下一の剣豪を見送った。




