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蓮之助と華  作者: 安田けいじ
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華の病


 蓮之助は、華のことが気になっていたのだが、厳しく言った手前、自分から会いに行くわけにもいかなかった。

そうして一月が過ぎた頃、母親の千代が家の者に食料を担がせて山に登って来た。


「千代殿、いつもかたじけのうござる。華の怪我は回復しましたか?」

「はい、今日はその事で伺ったのです」


「何かあったのですか!?」


 蓮之助の、顔色がサッと変わった。


「実は、傷の方は大分回復したのですが、あれから塞ぎ込んでしまって、今では食事も取らずに床に臥せっているのです」


「えっ、何故そんな事になったのです。私が、叱ったからですか?」


「……蓮之助様は、華の事をまだ子供だと思っているでしょうけれど、あの子は、心底あなたを慕っています。

 愛する人を護るために命を捨てようとしたあの子にとって、貴方の言葉は、死ねと言われたのと同じ事だったのだと思います」


「愛? ……そんな馬鹿な。華はまだ十六歳、剣の腕が立つ私にただ憧れているだけでしょう」


 蓮之助は、華が自分を慕っていると聞いてもピンと来なかった。彼は、華のことを子供としてしか見た事が無かったからだ。


「そうかも知れません。けれど、今あの娘を救えるのは蓮之助様しかいないのです。あの子の好きなようにさせてやって頂けませぬか!」


 千代の必死さは、蓮之助の心の中に斬り込むような気迫があった。


「明日をも知れぬ我が命。私の傍に居ては苦難は避けられませぬ。それで娘御が命を落とすことになってもいいと言われるか!」


「あの娘は疾うに命を捨てています。出来る事なら拾ってやっていただきとうございます!!」


 千代の眼に涙が溢れ、蓮之助を拝むように地面にひれ伏した。

 蓮之助は、慌てて千代の手を取った。


「千代殿、頭を上げられよ。……一月後には華と私は斬り殺されているかも知れませんぞ。本当に、それでもいいんですね?」


 蓮之助が、千代を立ち上がらせると、彼女は涙目でコックリと頷いた。



 蓮之助は、どうしたら良いのかも考えが纏まらぬまま、千代と共に山を下りていった。


 華の居る部屋に入ると、彼女は、やつれ果てた青い顔をして布団に寝ていた。


「華、母上に我儘を言って困らせているそうじゃないか。やっぱり子供だな」


 蓮之助が笑顔を作って枕元に座ると、華はキッと彼を睨んだ。


「華は子供ではありませぬ!」


 華が憤って声を上げたが、その声には力が無かった。蓮之助は、単なる慰めでは華の心を救うことは出来ないと感じて、腹を決めた。


「そんな身体で、私の世話ができるのか? これからは、一緒に住んで剣の修行に励むんだ。元気になったら所帯道具を持って山に登って来い。但し、お前に、徳川宗家と斬り結ぶ覚悟があるならの話だが」


「えっ、一緒に? 私と蓮之助様が……」


 次の瞬間、華の頬にパッと赤みがさした。


「ああそうだ。お前に死なれては目覚めが悪いのでな。仕方なしにじゃ」


「本当なのですね?」


 華は、身を起こして重ねて聞いた。その目は涙で潤んでいた。


「武士に二言はない。お前を内弟子として迎え、生死を共にすると決めた。但し、仕方なしにじゃ」


 華は、照れを隠して横を向いている蓮之助にしがみ着くと、その胸に顔を埋めて「わっ」と声を上げて泣いた。それを見守っていた母、千代の眼にも涙が溢れた。


「よしよし、ともかく身体を治すのだ。良いな」


 蓮之助は、華をそっと抱いて、痩せ細った背中を優しく撫でた。


 蓮之助は二、三日、彼女の看病をして、「待っているぞ」と言い残し山へ帰っていった。

 華は見る見る元気になり、一月もすると剣の修行を始めるようになった。


 蓮之助の住む山小屋の草むらに、黄色いタンポポが咲き始めた頃、華は蓮之助の元にやって来た。


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