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蓮之助と華  作者: 安田けいじ
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新たな住処


 背を向けて去ってゆく蓮之助を、暫く見つめていた華が彼を追いかけた。


「蓮之助様! このままでは私の気が済みませぬ。せめて、田舎の母に会っていってくださいませんか」


彼女の顔には、必死さと悲しさのようなものが入り混じっていた。


「知っての通り、儂は徳川から追われる身、儂と居ては、島崎家にも災いが降りかかるかも知れん。一緒には行けぬ」

 

 蓮之助は固辞したが、彼女は諦めない。結局、華が余りに懇願するので、断り切れなくなった蓮之助は、海部郡の島崎家に行く事になってしまったのである。

 


 小休止を挟みながら歩き通した二人は、夕刻には徳島南部の海部郡に着いた。そこには、小さな街があり、その街外れに島崎家は山を背に建っていた。右近は、この辺りの郡代を務めていたようだ。

 背にそびえる山々は、どこか柳生の里の山に似ているように蓮之助には感じられた。



 華の母、千代は、変わり果てた我が夫を抱きながらも、泣き崩れたい気持ちを懸命に堪えて気丈に振舞っていた。


「柳生様、この度は我が藩をお救い下さり、お礼の申しようもございません」


 まだ四十前の若い母親は、両手をついて深々と頭を下げた。


「千代殿、いつ死ぬか分からぬ者の気まぐれです。頭を上げて下さい」


「恐れ入ります。お城から連絡がありまして、右近の禄高八十石をそのまま頂ける事になりました。また、華に婿を取って家督を継ぐことを許すとの、お言葉も頂きました。全て、蓮之助様のお陰でございます」


 千代は再び頭を下げた。


「それはよかった。右近殿と華殿の今回の働きが認められたのでしょう。華、早う良い婿を迎えて母上を安心させねばな」


 蓮之助が笑顔を向けると、華は急に表情を変えた。


「私は、婿など取りませぬ! もっと剣の道を究めたいのです!」


 彼女は突っぱねるように言うと、横を向いてしまった。


「まあ、この娘ったら……」


 千代が、おやっ、という顔で華を見た。


「何処かの姫様の我儘ならいざ知らず、女の身でいくら剣を極めても世は男社会だ。用いられる事は無いと思うが……」

 

「蓮之助様のおっしゃる通りですよ。誰も嫌いな人と一緒になれと言ってないのよ。貴女がこれだと思う人が出来たらお嫁に行けばいいんです」


「……そうする」


 不機嫌だった華に笑顔が戻った。蓮之助はそんな華を見て、やはり子供だと苦笑いした。


 蓮之助はその夜、風呂に入り御馳走をたらふく食べて、久しぶりに人並みの生活を堪能した。華も嬉しそうに、世話を焼いてくれた。


 暖かい布団の中で、蓮之助は明日からの事を考えていた。


(旅をしながら、何時来るか分からぬ敵を待つのは不利ではないか、……それなら、どこか山中に籠り、修行をしながら敵を迎え撃つ方が価値的ではないのか……)


 そんなことを考えている内、蓮之助は深い眠りについていた。


 朝餉を頂いて、旅支度をしながら蓮之助は千代に尋ねた。


「千代殿、この裏の山中に使われていない山小屋のようなものはござらぬか?」


「一時ほど登った所に炭焼き小屋がありますが、どうされるのですか?」


「進んでも、止まっても、刺客はやって来ます。どうせなら、山に籠って腕を磨きながら敵を待った方が、価値的だと思うのです」


「分かりました、手配いたしましょう。精一杯お世話させて頂きます」


 千代が勢い込んで言った。


「いや、これ以上世話になるのは私の本意ではない。放っておいていただきたいのだ」


「そう申されましても、山小屋も朽ちておりましょうし、食事はどうなされるのですか?」

「少しばかり手持ちもありますので、小屋の修繕と、米代くらいにはなりましょう」


「それなら、私がお手伝いします!」


 蓮之助が旅立つとあって朝から塞いでいた華が、彼がこの地に残ると聞いて俄然元気になった。


「いや、それには及ばぬ。放っておいてくれ」


 蓮之助が手を振って固辞すると、突然、千代が居住いを正して彼に向き直った。


「蓮之助様、あなた様がいなかったら、華と二人、今頃は自害して果てていたでしょう。私共にも意地がございます。亡き夫に叱られとうございませぬ故、ここは、何としてもお世話させて頂きます! いえ、そう決めました!」


 身体を震わせて訴える母親の炎の如き眼差しが、蓮之助を捉えて離さなかった。彼は圧倒されながら、華の激しさはこの母親譲りなのだと直感していた。


「お母さま……」


 歓喜した華の眼に涙が浮かんだ。母親の覚悟を聞いた蓮之助は、何も言えなくなっていた。 


 千代は、早速、下働きの者に頼んで、大工や人夫を集めると、生活に必要なものを取り揃えて、昼前に総勢二十名ほどで山へ登った。


 炭焼き小屋に到着した彼らは、千代と華の指示のもと、小屋の修繕、周りの草刈り、小屋の掃除、薪集め等をテキパキと熟して、日の傾いた頃には全ての作業は終わっていた。


「お侍様、これで、当分雨風は防げるでしょう。又、何かあったら言って下さいまし」


 人の良さそうな大工が、小屋を見上げながら蓮之助に言った。


「世話を掛け申した」


 蓮之助は一人一人に労いの言葉をかけ、皆が引き揚げていくと、後には華が残った。


「何をしておる。早く帰らぬと日が落ちてしまうぞ。食事の世話なら必要ない」


「でも……」


「よいか、修行の場に女はいらぬ。邪魔をしないでくれ!」


 このまま居座られては困ると思った蓮之助が、敢えて強い口調で言うと、笑顔だった華が泣きそうな顔になった。蓮之助は、ここで泣かれては敵わんと、優しく言い直した。


「二度と来るなとは言っておらぬ。七日に一度だけ剣の修行をしよう。せめてもの恩返しだ」


 その途端、華の眼から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「千代殿がお待ちだ。早う行くがよい」


「はい!」


 涙にぬれた華の顔は笑顔になっていた。彼女は、蓮之助に手を振りながら母の元へ駆けて行った。


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