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蓮之助と華  作者: 安田けいじ
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破邪顕正の剣②


「一同大儀、面を上げよ!」


 将軍秀忠の凛とした声が大広間に響き、大名達は一斉に顔を上げた。すると、最前列に座っていた老中土井利勝が立ち上がり、大名たちの方に向き直った。


「次期将軍の家光様が御逝去された為、早急に跡継ぎを決めねばならない仕儀となりました。筋から申せば、紀州家の徳川頼宣様、尾張家の徳川義直様、弟君の忠長様が跡継ぎ候補になると思われますが、上様には、皆様の忌憚のない意見を聞きたいと仰せられ、本日の総登城となったわけであります。御意見のある方は順次お述べ下され!」


 今回の総登城で、次期将軍が決まると聞かされていた大名達は、待っていましたとばかりに、推戴する人物のすばらしさを述べ合った。

 しかし、一時あまり論戦を戦わせたが、何れも甲乙つけ難く、推挙する人数においても、突出する人物は出なかった。


 これでは話はまとまらぬと、皆が思い始めていたその時、先頭に座っていた大老の大久保忠光が、おもむろに声を上げた。


「上様に申し上げます。この大久保忠光は、上様のお子であられる忠長様こそが、跡継ぎに相応しいと存じます。忠長様が将軍としての器を持っておられることは上様もご存じのはず。何卒、忠長様を次期将軍に決定して戴きとうございます!」


 場内がしんと静まりかえったところで、秀忠が大久保忠光を一瞥した後口を開いた。


「皆の意見は相分かった。では、儂の存念を申そう。……第三代将軍は、尾張家の義直に決める。一同大儀!」


 突然の決定に、不満を露わにした大名達をよそに、秀忠が立ち上がろうとしたその時、一人の侍が血相を変えて駆け込んで来た。


「ご、御注進に御座る! 只今、江戸城を数千の兵が取り囲んでおりまする!」


「何じゃと! それは、何処の兵じゃ!」


「大老、大久保忠光殿の兵に御座います!」


「忠光、これはどうした事じゃ、事と次第ではただではおかぬぞ!」


 秀忠が、憤怒の形相で大久保忠光を睨みつけた。


 大久保忠光は、秀忠が後継者を誰に決めようが、この総登城の場で謀反を起こすつもりでいたのである。数千の兵を動かしたのも、予定の行動だったのだ。


「だまらっしゃい! それ、秀忠を捕らえよ!」


 大老が呼ばわると、息のかかった大名らが、見る間に秀忠を捕らえて、上段の間から引きずり下ろした。

 そして、上段の間に忠長が座ると、諸侯達からどよめきが起こった。


「大老殿、気がふれたか!? 上様に対して何たる無礼。皆の者大老を捕らえよ!」


 老中土井忠勝始め、徳川譜代の大名らが、大久保忠光に殺到しようとした時、武装した大老の配下数十人が大広間に雪崩込んで、彼らの行く手を阻んだ。武器を持たぬ譜代の大名らは、憤怒の顔を大老に向けるしかなかった。


「よいか!! 諸侯の江戸屋敷の者は、人質として我が大久保の兵が抑えた。刃向かえば、諸侯らの妻や子の命はないと思え!」


 大広間の全国の大名たちは、キツネにつままれたような顔で、その場の雰囲気にのまれており、立ち上がって抗議を訴えていた者も、自分達の妻子が人質となった事を知らされると、黙りこんでしまった。


 大久保忠光は諸侯を睨んでから、「将軍秀忠を斬れ!」と、配下に命じた。

 秀忠は、泰然として目を閉じている。この期に及んで、口だす者は誰もいなかった。


 大老の配下の者が、その首を撥ねようと刀を振り上げ、譜代の大名たちが「上様!」と涙ながらに叫んだその刹那――、首切り役の侍が悲鳴をあげてのけぞり、秀忠を取り押さえていた大老の配下も次々と倒れていった。そこへ、小姓と侍女が走り込んで来て、両手を広げ秀忠を護る態勢を取った。

 その二人は、家法と静だった。彼らが、気功剣で将軍秀忠を救ったのだ。


 時を置かずして、大広間の入り口を固めていた大老の配下たちが蹴散らされ、蓮之助と華が、黄金の葵の御紋の入った太刀を高々と翳して、威風も堂々と入って来たのである。


 二人に斬りかかろうとした大勢の侍達は、華の気功神剣の前に、あっけなく沈んでいった。


 蓮之助と華が、中央を真っすぐに大久保忠光に向かって進むと、諸大名は道を開け、家康の剣と分かった者は、その場にひれ伏した。


「大久保忠光! 上様への謀反、いや、徳川宗家への謀反は明白となった。観念して腹を斬れ!」


 蓮之助は、忠長と大久保忠光を上段の間より引きずり下ろし、秀忠を上段の間に戻した。


「家法! 家光様をこれへ!」


 蓮之助が家法に命じると、死んだはずの家光が元気な姿を現したのである。諸侯たちは息を呑み、声も出なかった。家光の死の偽装は、大久保忠光を炙り出すために、秀忠親子と蓮之助が打った大博打だったのである。


「これは何とした事? 蓮之助、儂をたばかったな!」


 刀を抜いた大久保忠光が、狂気の形相で蓮之助に斬りかかった。


「蓮之助、成敗!」


 秀忠が叫んだ次の瞬間、蓮之助の大剣が煌めくと、大老、大久保忠光の首が飛んで、ゴロっと諸侯の前に転がった。


「各々方! これは神君家康公の破邪顕正の剣ぞ。徳川に刃向かい、世を乱そうという者は出ませい! 家康公に成り代わり、この柳生蓮之助が成敗いたす!!」


 蓮之助が、修羅の形相で血の滴った刀を振り上げると、大名たちはひれ伏しピクリとも動かなかった。


「諸侯の人質たちは、既に徳川軍によって解放された。安堵されよ。

 福丸! 大老の首を槍に刺して、江戸城を取り巻く大老の兵に見せるのじゃ。すぐにも退散するであろう」


 蓮之助は、刀の血を拭き取って鞘に納めた。


「見事じゃ! 蓮之助。家臣の鏡である、諸侯も手本といたせ!」


 秀忠が大声で呼ばわると、


「「ハハーッ!!」」


 大名達の呻くような忠誠の声が、大広間に響いた。


 その後、大久保の一味は悉く捕らえられ死罪となり、忠長は切腹させられた。

 全てが片付いた蓮之助達一行は、主君、頼宣の警護をしながら紀州へと帰った。


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