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蓮之助と華  作者: 安田けいじ
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破邪顕正の剣①


 妙が帰ってきた次の日、配下の者達が次々と情報を持って集まって来た。


「昨夜事件があったのは、大老、大久保忠光の館です。盗賊に討ち入られたとかで、門の扉が壊されておりました」


「私は、あの界隈の薬師を訪ね歩いたところ、皆、口を閉ざして話してくれませんでしたが、酒に酔った薬師の話によりますと、二十数名の家来が怪我を負い、大勢の薬師が屋敷に呼ばれたそうです。死人は出なかったとの事でした」

 

「黒幕は、大老、大久保忠光か……。しかし、このままでは何の証拠もない。どうしたものかな」


 蓮之助は配下の者に、大久保忠光の家の動きを徹底して探るよう命じて、自分は江戸城へ戻った。

 彼は、将軍秀忠に拝謁し、家光と三人だけで話したいとの願いを伝えた。半時ほどして、別室で三人の話し合いが行われた。これには、家光の小姓となった、家法も同席していた。


「蓮之助、下手人が分かったのじゃな?」


 将軍秀忠が、待ちかねたように訊いて来た。


「はい、黒幕と思しき者が判明しましたので、その報告と今後の事を相談に参りました」


「して、その黒幕とは誰じゃ」


 秀忠が、グッと身を乗り出した。


「私共の見立てでは、大老、大久保忠光に相違ありませぬ」


「何、大久保忠光じゃと! 幕閣の大黒柱たる大老が謀反を企てるとは何とした事じゃ、直ちにひっ捕らえよ!」


「上様。残念ながら、確実な証拠が掴めていない現状では、無闇に手出しは出来ませぬ」


「……」


 歯噛みした秀忠が、自分の膝を扇子で強か打った。


「謀反者を、一網打尽にする方法があればいいのだがなぁ」


 若い家光が、首をひねりながら言った。


「下手をすれば徳川を二分する大騒動になるやも知れんのだぞ。そんなうまい方法があるなら苦労はせぬわ」


 秀忠が、呆れ顔で家光を睨んだ。


「ない事も無いのですが……」


 蓮之助が言いにくそうに言うと、秀忠親子は、興味津々の顔を彼に向けて来た。彼らは一時ばかり話し合って、その日は散会した。


 

 それから、数日が経ったある日、家光が急な病に倒れ、江戸城は大騒ぎとなったのである。

 家光は、四十度近い高熱が続き、肌には無数の赤い発疹が出来ていて、御殿医は流行り病と断じた。この頃、江戸市中では伝染病が流行っており、死人も出ていたのだ。


 家光は隔離され、医療をする者しか会えない状態が続いていたが、数日後、多くの僧侶の祈りも虚しく、十八才の若さで帰らぬ人となったのである。彼の遺体は即日荼毘に付され、葬儀は内内で執り行われた。


 後継者の家光が、流行り病で死んだという噂は、直ぐに江戸中に広まり、数日中には全国の大名の知るところとなった。



 将軍秀忠には、家光の他に忠長という子があった。この忠長を推して幕府の実権を握ろうとしたのが大老の大久保忠光である。彼らにしてみれば、家光の死は、労せずして財を得たようなものだった。


 大久保忠光の館では、家臣たちが祝いの言葉を述べていた。


「殿、これで忠長様が次期将軍となるは必定。誠におめでとうございます」


「うむ。柳生の小娘が不思議な技で暴れ出した時には、肝をつぶしたが、やっと儂の時代がやって来たようじゃ。早速に、総登城の触れを出し、忠長様の世継ぎ決定の義を上様に進言しようぞ」


 上機嫌の忠光に、別の側近の者が憂い顔で口を挟んだ。

 

「しかし、殿、世継ぎ候補は、尾張の徳川義直様、紀州の徳川頼宣様も居られます。それに最近の忠長様は、何かと上様から疎まれておりますので、油断は禁物かと」


「その事よ。忠長様は名君の気質を備えていて、大名たちの人気も高い故、間違いはないと思うのだが、決めるのは将軍秀忠だ、油断は出来ぬ。万が一の為の備えもしておかねばなるまい」


 大久保忠光の目が、異様に光った。



 季節も初冬を迎えた十一月二十五日、全国の大名二百数十名が江戸城へ集結した。総登城である。

 江戸城の大広間に、正装した大名達が勢ぞろいした姿は壮観であった。


「上様のおなりー!」


 近習の者が触れると、一斉に大名達が平伏した。その中を、将軍秀忠が太刀持ちの小姓を引き連れて入場し、上段の間に座った。




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