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蓮之助と華  作者: 安田けいじ
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徳川宗家の危機②


 一方、華と妙は、隠れ家となる屋敷に入り、届いた荷物を解いて片付けていた。


「母上、私は此処で何をしたら良いのですか?」


「普通に今まで通りに暮らしていればいいのよ。但し、貴女を捕らえようとする人たちがいますから、一人で外へ出てはいけません。それから、気功剣を少しばかり使えるといっても貴女はまだ子供、世の中には貴女よりも強い人が沢山いるという事を、忘れてはなりません。いいですね」


「妙は、もう子供ではありません!」


 子供と言われて怒った妙は、ぷいと部屋を出て行ってしまった。 


「奥方様、妙様はどうかなさったのですか」


 妙の走り去る姿を目で追いながら、福丸が姿を見せた。


「あの子に気功剣を教えたのは、早すぎたのかもしれないわね。少し調子に乗っている所があるから、注意したら怒りだして……」


「十一歳では無理もありますまい。念の為、妙様には警護の者を付けましょう」


「造作を掛けます」


 華が頭を下げると、福丸は恐縮しながら用向きを伝えた。


「家光様暗殺の件ですが、十日ほど経ちましたら、皆がここに集まる事になっておりますので、宜しくお願いします」


「分かりました、準備をしておきます」



 その日から七日が過ぎた頃、妙は、警護の者の目を盗んで外へ飛び出し、行方知れずとなった。


「馬鹿者! 何のための警護だ!」


 福丸が、警護の若侍を叱りつけたが、後の祭りだった。


 その夜、蓮之助たちの隠れ家に、矢文が打ち込まれた。矢文には、蓮之助宛に「娘の命が惜しくば、家光暗殺の下手人探索は止めよ」と書いてあった。



「華、あれだけ言っておいたに、お前が付いていて何とした事だ!」


 知らせを受けて駆け付けた蓮之助が、華に怒りを爆発させた。


「申し訳ありません。妙の事は命に代えても取り戻します!」


 畳に額を擦り付けて謝る華を見て、いたたまれなくなった福丸が、


「蓮之助様、此度の事は全て、警護を全う出来なかった私めの落ち度、奥様に罪はございません。攻めは私が負いまする!」


 と、ひれ伏した。


「……もう良い。二人とも顔を上げよ」


 華が、足を棒にして江戸中を探し回っている事を知っている蓮之助は、それ以上責めはしなかった。


「福丸、伊賀の服部半蔵殿に頼んで、妙の行方を捜して貰ってくれぬか」


「ははっ、直ぐにも手配いたします」


 その日、御用繁多の蓮之助は、後ろ髪を引かれる思いで、江戸城へ戻らねばならなかった。



 数日が経ち、皆が集まる夜となったが、妙の行方の手掛かりは依然掴めなかった。


「伊賀の衆、娘の足取りはまだ掴めぬか」


 蓮之助は開口一番、妙の事を訊いた。


「はっ、小さな娘を駕籠に押し込めたのを、見たという者が居りましたが、行き先は分かっておりません。今は、江戸中の駕籠屋を当たっている所で御座います」


「うむ、今後とも宜しく頼む。では、家光様暗殺に関して、皆の成果を聞かせてくれ」


 この部屋には二十数名の家来が集まっており、今迄の探索の成果をそれぞれ報告していったが、黒幕に至る情報は何一つ無かった。


「取り合えての成果も無しか……」


 蓮之助が腕を組み黙り込むと、部屋には重苦しい空気が流れた。


 その時である、後ろの襖がスッと開いて皆が振り向くと、「あっ!」と驚きの声を上げた。そこには、着物は破れ泥まみれになった妙が、亡霊のように立ち尽くしていたのである。


「「妙!」」


 蓮之助と華が同時に声を上げた。妙は一目散に華の胸に飛び込むと、声を上げて泣き出した。華は彼女をしっかと抱きしめ、頭を優しく撫でた。その目には涙が光っていた。


「良かった、帰って来てくれたのね。怪我は無いの? もう心配はいらないわ。本当に良かった」


 母の温かさに包まれた妙は、ひとしきり泣きじゃくった後、華に訴えるように、小さな声で話し出した。


「母上、……妙は……妙は人を殺してしまいました」


「えっ、……ゆっくりでいいから、何があったのか話してごらんなさい」

  

 一瞬驚いた華だったが、笑みを浮かべ、妙の汚れた顔をやさしく拭いた。


「あの日、駕籠に乗せられて大きな武家屋敷に連れて行かれ、牢に閉じ込められたのです。そこで、私を人質にして、父上や母上を亡き者にするという話を、聞いてしまいました。私は怖くなって、気功剣を使って牢を破り逃げようとしたのですが、見つかってしまって……。

 それから何が起きたのか覚えが無いのです。気が付けば、多くの侍が血を流して倒れていました。私は、怖くなって無我夢中で逃げだして来たのです……」


 妙は、そこまで言うと、再び大粒の涙を流しながら母の言葉を待った。


「きっと、無意識に妙の防衛本能が働いたのね。でも、あなたに倒された人たちは死んではいないでしょう。実はね、あなたに教えた気功剣は、刀じゃなくて木剣のようなものなの。だから、致命傷を与えるような傷は負っていないと思うわ」


「本当ですかお母さま!」


 妙が安心したように華に身体を預けると、一同から安堵の声があがった。


「よし、手分けして、多くの家臣が怪我をしたという屋敷を探し出すのじゃ!」


 蓮之助の命で、家臣達は夜の江戸市中へと散っていった。


「妙、お母さまとお風呂に入りましょう」


「はい、母上!」


 妙は、風呂で身体を綺麗にしてもらって、安心したように眠りについた。



「妙に気功剣を教えておいてよかったな。それにしても、十一歳で警護の者を蹴散らしてしまうとは、末恐ろしいものがある。やはり、華の血を継いだようだな」


「確かに、天賦の才はあるようです。でも、戦うだけの女にはしたくありません」


「うむ、我らのように良き縁を結び、仲良く暮らすのが一番じゃ。剣術は身を護れればそれでよい」


 その夜は、妙を挟んで川の字になって親子で眠った。




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