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蓮之助と華  作者: 安田けいじ
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紀州徳川剣術指南①


  紀州の港に着いた蓮之助一行を、和歌山城の白亜の天守が迎えてくれた。


「立派なお城ですね」


 遠くに見える天守閣を眺めながら、華が目を細めた。


「うむ、この紀州藩は、徳川御三家の一つになるのだからな。今日からは、この紀州藩の為に命を賭けねばならぬ。旅に明け暮れた今までとは違い、お前にも違う気苦労を賭けることになると思うが、よろしく頼む」


「心得ました」


「藩の剣術指南が来たというのに、迎えの一人も来ないとはどうした事だ!」


 先ほどから辺りを見回していた大三郎が、憤りながら城の方を睨んだ。


「藩主の頼宣様も着任したばかりじゃ。今頃、城はごった返しているのだろう。参るぞ」


 大三郎を宥め、さっさと歩きだす蓮之助の後を、家財を積んだ十数台の大八車が追いかけていった。


 一同が、見慣れぬ景色を眺めながら四半時も歩くと、城の堀端付近に着いた。


 そこに皆を待たせておいて、蓮之助と華は、藩主頼宣に着任の挨拶に向かった。頼宣も繁多であったようだが、時間を取って会ってくれた。


「そちが柳生蓮之助か、武勇は父上から聞いておる。余も着いたばかりで何も分からぬ状態じゃ。共に紀州藩を盛り立ててくれ、頼りにしておるぞ。客人が多いので詳しい話は後日といたそう。奥方も大儀」


 徳川頼宣は、家康の十男である。まだ十九才の若さだが、その振舞いには、藩主としての威厳のようなものが見えていた。



 藩主への挨拶を終えた蓮之助一行は、城の若侍に案内されて一軒の屋敷の前に立った。


「古いが、徳島の家よりは幾分大きいようですな」


大三郎が門の外から建物を覗き見ていると、若侍が門の扉を開けた。


「この家は、前の剣術指南役が使っておりました。土地も広いし、下働きや、御家来衆の住居なども併設されていますので、この人数なら十分だと思われます」


 若侍は、敷地内の建物を一通り案内すると、足早に城の方へと戻っていった。


 蓮之助の一族郎党二十数名は、それぞれ手分けをして家の掃除に取り掛かった。

 家財を運び入れて一息ついた時には、既に夜の帳が降りていた。


 蓮之助たちは、簡単な食事をとってから、今後の事について話し合った。


「殿より支度金として五百両頂いたから、家の修理等に使わせて頂こう。家の事は母上と華に一切任せる故よろしく頼みます。

 大三郎殿は力のある家臣を集めてもらいたい。とりあえず、我が領地の代官所の役人を決める事から始めねばならん。暫くは、儂も領地へ出向いて体制を整えたいと思っておる。

 福丸と静は藩内を隈なく回って、状況をつぶさに見てきてほしいのだ。紀州藩繁栄の為の基礎を築くには現状を知らなくてはならん。その上で打つべき手を殿に進言したいと思っておる」


 蓮之助の頭の中では、紀州藩繁栄への戦いが既に始まっていたのだ。


 次の日、蓮之助たちは、夜明けと共に各々の役目の為に旅立っていった。残った千代と華は、まず、近所に挨拶回りをしてから、大工を探して家の増改築を依頼するなど、一万石の紀州柳生家に相応しい館づくりに精を出した。


 一月が経って、領地の各代官所の体制を整えた蓮之助と大三郎は、帰る早々登城して、役目の初日を迎えた。


 蓮之助には城内に部屋が与えられており、彼の役目は、頼宣への剣術指南と、大目付として藩内の動向を探り、睨みを利かす事である。後日、その忍びの統領には福丸が就いて、大三郎は、紀州柳生家の家老となった。


 数日後、蓮之助は藩主頼宣に呼ばれて、拝謁の間に入っていった。


「蓮之助、早速だが、皆がそちの腕を見たいというので御前試合を開催しようと思っておるのじゃ。余も見たいし、当藩ではそちを知らぬ者が殆どじゃ、その力を示すよい機会だと思うがどうか?」


「お心遣い恐れいります。では、私と妻の華がお相手しますので、藩内から腕自慢を選んで頂きとうございます」


「うむ、楽しみじゃ。安藤、対戦者の選抜を急げ。試合は一月後といたそう、頼むぞ」


「承知いたしました」


 控えていた家老の安藤直次が、うやうやしく頭を下げた。彼は、頼宣を補佐するために幕府が派遣した、やり手の家老である。




 その頃、福丸と静は情報収集の旅の途中で、九度山に入っていた。


「静、ここはお前の生まれ故郷ではなかったか?」


「左様です。前の私は人を人とも思わぬ非道な人間でした。見知った者もおりますので、本当なら来たくはなかったのですが……」


 静が少し顔を曇らせた。


「無理もない。嫌なら無理にとは言わぬぞ」


「大丈夫です。過去の過ちから、逃げる訳にはいきませんから。実は、この山奥に猿飛仁助という私の師匠が住んでいるのです。会ってみたいと思います」


 二人は、九度山の色々を調査した後、猿飛仁助を訪ねることにした。小鳥のさえずりを聞きながら山を二つ越えると、一軒の小屋があり、そこに、顎ひげを蓄えた六十くらいの細身の老人の姿があった。


「佐助、お前なのか! 生きていたとは……。それに、その姿は何とした事だ」


 仁助は、以前の姿からは想像もつかない佐助の変わり様に、驚きの声を上げた。


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