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蓮之助と華  作者: 安田けいじ
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二組の夫婦②

 

 そんな、ある夜の夕餉の折に、千代から驚きの話があった。


「実はね、私は大三郎様と再婚しようかと思っているのです。華はどう思いますか?」


 千代は少し恥ずかしそうに、娘の華に視線を注いだ。


「再婚? ……そうだったんですね。お母様もまだ四十五才ですから、いい縁談があればと思っていました。私は大賛成です。大三郎様、母を宜しくお願いします」


 母と大三郎が密かに話し合っている姿を、時々見かけていた華は、すぐに話が飲み込めた。大三郎は少し硬い表情で話し始めた。


「実は、前々から千代殿の事が気になって仕方がなかったのです。お役目に障ってはと蓮之助様に話を訊いてもらいましたら、千代殿と話す機会を作ってくれました。恥を忍んで想いを打ち明けたところ、思いもよらず、私の妻になってもよいと仰って頂いたのです」


 いつもは沈着冷静な大三郎が汗をかきながら話すと、隣に座っていた千代が、落ち着き払って話を継いだ。


「主人が亡くなって十年になります。もう二度と嫁ぐ事は無いと思っておりましたが、大三郎様からお話を頂き、この人ならと腹を決めました。大三郎様には、家族がどれだけ世話になって来たか計り知れません。今度はその恩を返すつもりで、お世話をさせていただきたいと思っています」

 

「いや、めでたい! そうなると大三郎殿は儂の父上になるのか?」


 蓮之助が大三郎に笑顔を向けると、大三郎は苦笑しながら大きな手を振った。


「それは堪忍してください。主である蓮之助様に義理とは言え父と呼ばれるのは、面映ゆう御座ります。今まで通り大三郎と呼んで頂きとう存じます」


 大三郎の困り果てた姿が可笑しくて、皆がドッと笑った。


 そしてー―、


 先ほどから、何か言いたげにしていた福丸が、意を決したように口を開いた。


「大三郎様に先を越されましたが、この度、私も妻を娶る事になりましたので御報告いたします。相手は、この静に御座います」

 

「なんと! お前達も恋仲であったのか?」


 蓮之助が驚きの顔で、福丸と静をしげしげと見つめた。


「一緒に行動している内、情が移ったと言いましょうか。お互い親の顔も知らず、忍びの世界で、地べたを這いずるようにして生きて来ましたので、そんな事も決め手になったのだと思います。今後も、二人で力を合わせてお役目に励みたいと思いますので、よろしくお願い致します」


 緊張気味に話した福丸は、恥ずかしそうに下を向いている静を促した。


「私は、今迄多くの人を殺めて参りました。そんな私が人の妻になるなんて許されぬ事だと思い、福丸様の申し出を断ってまいりましたが、福丸様は、『幸せになろうとは言わぬ、一緒に地獄に落ちようと言っているのだ』と仰ってくれたのです。それで、気持ちが軽くなって、お受けしようと決めました。これも、蓮之助様と華様始め皆様のお陰です。御恩は生涯忘れません」


 静は、深く頭を垂れた。


「そうであったか。罪といえば我ら四人は同じようなものだ。日光様は、この法に消せない罪はないと仰った。法と共に人の為に生きれば、何時かは笑える時が来よう」


 蓮之助の優しい眼差しに、福丸と静は揃って頭を下げた。


 大三郎と千代、福丸と静の祝言は身内だけでささやかに行われた。



 それから、一年が経った六月に、訃報が入った。


 百年に及ぶ戦国時代に終止符を打った巨人、徳川家康が駿府城にて帰らぬ人となったのである。享年七十四歳だった。

 蓮之助は華と共に葬儀に参列し、波乱万丈の人生を偲んで、追善の法を唱えた。


 家康が死んで秀忠の時代になると、彼は、不穏分子である大名を次々と潰して、徳川の安泰の為の手を打っていった。律義者で通っていた秀忠の豹変ぶりを、世間では「死んだ家康が秀忠に乗り移った」などと噂した。


 秀忠の強権政治のお陰か、天下に大きな乱れも無く四年の歳月が流れた。家法は十一才、妙は八才になっていて、相変わらず旅が多い蓮之助に代わって、華が家法の剣の修行を始めていた。


「家法、そんな弱い剣では、お父様の後は継げませんよ。しっかりなさい!」


 華の修行は容赦無かった。家法の性格は、どちらかといえば大人しく優しい方だったが、華に打たれて身体中にあざを作りながらも、決して弱音を吐かない気丈さを持っていた。

 一方、妙の方も、自ら剣術の稽古をしたいと言って来たので、静が面倒を見る事になった。 

 まだ幼い彼女には、木剣も手に余った。静は、すぐに嫌になるだろうと思っていたのだが、月日が経つにつれて、妙は剣術への執着心が芽生え、大きな木剣をブンブン振り回すまでになった。


 その光景を見て唸る蓮之助に、大三郎が微笑んだ。


「やはり、血は争えませんな」


「妙には女の子らしくしてほしかったんだが……」


 蓮之助は、跡継ぎである家法には、柳生流を叩き込むつもりでいたが、妙には、女性として普通の幸せな人生を送ってほしいと思っていたのだ。だが、八歳の妙が懸命に剣の修行に打ち込む姿には、尋常でない執念が見て取れた。


 そんな折、将軍秀忠から書状が届いた。


「上様は何と? また事件ですか?」


 華が心配そうに尋ねた。


「有難いことだ。お約束通り、紀州徳川頼宣様の剣術指南として、儂を一万石で召し抱えるとの仰せじゃ」


「一万石!? なんと破格な……」


 大三郎が、あまりのことに驚きの声を上げた。当時、幕府の大目付であり、将軍家剣術指南の柳生宗矩でさえ、一万石余りであったことを思えば、その家来である蓮之助の一万石という数字は、有り得ないものだった。

 

「家康様は、あの時の約束を忘れてはいなかったのですね。嬉しゅうございます」


 華が瞳を輝かせた。


「うむ、これは華の手柄だな。夫婦して、いや、ここの皆で命を削って家康様に御奉公してきた甲斐があったと言うものだ。これで、皆にも報いてやれる。有難いことじゃ」


 日頃、出世などというものに興味を示さない蓮之助も、さすがに気の高ぶりを見せていた。


「では、紀州へ引っ越すのですね!」


「うむ、これから何かと忙しくなるがよろしく頼むぞ、華。

 母上は住み慣れた徳島から離れるのはお寂しいでしょうが。大三郎殿には紀州柳生家の重鎮として、一切を取り仕切ってもらわねばなりません。家臣も二百人は召し抱えねばならんでしょう。母上も感傷に浸っている暇はありませんぞ」


「あら、どうしましょう。今迄のように主人を旅に送り出して、のんびりできなくなるのですね」


 千代が冗談交じりに言うと、一同大爆笑となった。


 急に舞い込んで来た紀州家仕官の話に、徳島柳生家は嬉しい悲鳴を上げた。

 そして、春三月、蓮之助一族郎党は、思い出深き徳島を離れ、紀州の天地へと旅立った。


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