最後の風魔③
破金丸は、天守閣と本丸御殿の間の広場を進んで来る。隠れる場所も無いこの場所では、 炎に焼かれずに彼に近付く方法は無かった。
「蓮之助様、これでは、気功王剣は使えませぬ!」
目の見えない華が、蓮之助の腕を握りながら言った。
華の気功王剣は、鉄をも切る凄まじい剣だが、遠くの物は斬れないという弱点があった。
「うむ、だが、奴を倒す武器は、お前の気功王剣しか無い。奴が後ろに背負っているのは恐らく油だ。あの容器を斬れば火炎は使えなくなるはず。故に、何としても、奴に近付く方法を見つけるしかあるまい」
蓮之助と華は、風魔神太郎との闘いで負傷し、疲れ切っていた。そこへ、馬を飛ばして駿府にやって来たのである。二人とも体力の限界を超えていて、長期戦となれば勝てる見込みはなかった。蓮之助たちは後退しながら、好機を待つた。
鋼鉄の鎧をまとった破金丸が、本丸御殿の大屋根を右に見ながら、尚も悠然と蓮之助たちの方に進んで来る。最早、彼を止めようと近付く者は一人もいない。
「蓮之助様、本丸御殿の屋根の上から、奇襲をかけてはどうでしょうか」
本丸御殿の高い屋根を、心眼で見ていた華が言った。
「奴の頭上から不意打ちを仕掛けようと言うのか……。気付かれたら命は無いが、我らの体力も限界だ。華、やってくれるか!」
(お前を一人では死なせぬ!)蓮之助の熱い思いが、華の手を握る手から伝わって来た。
「お任せください!」
華は、破金丸の視界から姿を消して、本丸御殿の裏から屋根に飛び上がり、大棟を越え、反対側の屋根の先端付近に身を伏せた。そこは、破金丸からは見えない死角である。
鋼鉄の鎧の金属音を響かせ、破金丸が迫って来る。いよいよだと、華が屋根の先端にいざり寄ろうとした時、
「パキッ!」
踏んだ瓦が割れて、その欠片がカラカラと落ちた。
(しまった!!)
華は目は見えないが、近付いてくる破金丸の動きを心眼で捉えている。破金丸が屋根に居る自分に気付き、般若の仮面がこちらを見たのが分かった。
次の瞬間、破金丸の右腕がスッと上がったかと思うと、手の甲から数枚の手裏剣が飛んだ。
「バキンッ!!」
高速で飛んで来た数枚の卍手裏剣を、華は二刀の刀で防いだが、最後の手裏剣に長刀をへし折られてしまった。
「何?!」
体勢を崩した華は、屋根から転げ落ちながらも、破金丸との距離を測るが、まだ三丈【約九メートル】余りと遠かった。
破金丸が、火炎放射器の先端を華に向け、蓮之助が叫びながら、猛烈な勢いで走って来るのが、落下し行く彼女の心眼には見えた。
(蓮之助様は私を火炎から護ろうとしている。このままでは二人とも死ぬ。……させぬ! 法よ、我に力を与え給え!!)
地上まであと僅かというところで、華の心の中で何かが弾けた。彼女は空中でくるりと一回転して着地するや否や、折れた刀を破金丸目掛けてブンと振り抜いた。
「届け、気功王剣!!」
華の放った気功王剣が破金丸に届いたのと、彼の火炎放射器が火を噴いたのと、蓮之助が華を抱きすくめ飛び退いたのが、殆ど同時だった。
「ウ、ウワー!!」
破金丸の叫び声に、蓮之助たちが振り向くと、彼の鋼鉄の鎧は、背中の容器と兜部分が見事に割られ、流出した油に引火して火達磨となっていた。
離れた物は斬れないはずの気功王剣が、三丈先の鋼鉄の鎧を斬ったのだ。
「華、凄いな。新たな気功剣の誕生だ。当に神の剣、そうじゃ、気功神剣と名付けよう!」
嬉しくなった蓮之助は、抱きすくめた華の頭を、しきりに撫でまわした。
「蓮之助様、おやめください」
華は、頬を赤らめながらも笑顔を向けた。
それから暫くして、本丸御殿の地下室に隠れていた家康が、大三郎たちと姿を現した。
「家康様、これが風魔の破金丸に御座います」
大三郎の指差したところには、鋼鉄の鎧のまま黒焦げになった破金丸の骸があった。
「此奴一人に駿府城が落とされるとはな。風魔破金丸、恐るべき相手じゃった……」
破金丸の骸を見ながら、家康が呟いた。
「それで、蓮之助達はどこじゃ!」
家康が、思い出したように辺りを見回す。
「こちらに」
声を上げた福丸の傍には、蓮之助と華が抱き合ったまま倒れていた。
「何とした事じゃ、蓮之助! 華!」
蓮之助に取り縋ろうとする家康を、大三郎が止めた。
「家康様、心配いりませぬ。彼らは眠っているだけです」
「何、眠っているじゃと?」
「風魔の里で神太郎を倒し、休む間もなく駿府に駆け付けました。破金丸との死闘で精も根も尽き果てたので御座いましょう」
「そうか、そうじゃったか。誰か、蓮之助たちを静に休める所へ運ぶのじゃ、そっとじゃぞ」
そうこうしている内、駿府城に大軍が入って来た。




