最後の風魔②
鋼鉄の怪人は、金属音を響かせて真っすぐ家康の方に進んで来る。
それを阻止すべく、刀を抜いて斬りかかろうとした家康の家来たちだったが、数歩も進まぬうちに腰砕けのようになって、バタバタと倒れていった。
風魔の手下たちが、風上から粉状の痺れ薬を撒いたのだ。風は、舞台の方から二の丸御殿の方へと吹いていた。
「ふん、痺れ薬が効いてきたようだな。儂の名は、風魔破金丸、兄、神太郎の仇を討ちに参った！」
「何、風魔じゃと？！」
家康が驚きの顔を見せるも、身体が痺れて立ち上がる事すら出来なかった。
「家康覚悟！」
風魔破金丸の鋼鉄の右腕が家康に向けられ、その手の甲から放たれた卍手裏剣が、家康を襲った。
「アグッ！」
手裏剣を額に突き立てたまま、家康は仰け反るように倒れた。
「おおご……しょ……さまーっ！！」
身体が動かない家来たちが、悲壮な顔で声にならない悲鳴を上げる。
家康は、手裏剣に塗ってあった毒が回り、やがて事切れた。
「はっはっはっはっは。兄者、仇は取りましたぞ！ 天下人家康を、この破金丸が仕留めたのじゃ！ はっはっはっ！」
家康の骸を見下ろす位置までやって来た破金丸は、勝ち誇ったように鎧を震わせて笑った。
やがて、異変に気付いた大勢の武士が、鉄砲隊や弓隊を率いてやって来た。
金属音を響かせて動き出した破金丸は、持っていた機関銃のような筒先を、彼らに向けた刹那。
「ゴー―――ッ！！！」
途轍もない炎の海が、視界を埋めた。破金丸の持っていた武器は火炎放射器だったのだ。
彼に殺到していた武士たちはあっという間に炎に飲まれ、火達磨になって転げまわった――。
この破金丸こそ、鉄化巨兵軍団を作った、風魔の兵器開発者だったのである。
「ふふ、これなら、何千の兵が来ても敵では無い。徳川の蛆虫ども、見たか我が兵器の威力を！」
破金丸は、向かい来る武士たちを火炎で薙ぎ倒しながら、本丸へと向かって行った。
一方、駿府城が見える位置まで来ていた蓮之助たちは、黒い煙を上げる天守閣を見て愕然としていた。
「しまった。遅かったか！」
大三郎が顔を顰めた。
「急ごう。行ってみなければ分からぬ！」
蓮之助は、頭に浮かんだ最悪の状況を振り払うように、馬に鞭を入れ、先頭を走った。
蓮之助たちが駿府城の中に駆け込み、見上げた天守閣は、今にも焼け落ちようとしていた。眼前には、火炎に焼かれ、黒焦げになった骸がそこかしこに転がっていて、数多の怪我人が苦痛に顔を歪め、呻いている。
火を消そうとする者、怪我人を運び手当てしようと右往左往する者、逃げ出そうとする者と、城内は混乱を極めていた。
「一体何があったと言うのだ！」
蓮之助は、座り込んで放心状態になっている一人の武士に訊いた。
「鉄の鎧を着た怪物に、大御所様が殺された……」
「何じゃと！ それで、家康様は何処じゃ！」
「……二の丸御殿」
四人が二の丸御殿の舞台の所に駆けつけてみると、無情にも、家康の死体が転がっており、周りに倒れている家来たちは、痺れ薬で動けず、口をパクパクさせるだけであった。
「家康様ーっ！！」
無念の形相の蓮之助が家康を抱き起し、顔を覗き込んだ時、彼は何か違和感を感じた。辺りを見回すと家老の酒井の姿も見えない。蓮之助は、家康の額の手裏剣を引き抜き、見開かれていた目を閉じてやった。
「これは、家康様では無い！」
「えっ！」
蓮之助の声に、家康の顔を知っている大三郎が覗き込んで来た。
「大三郎、この人は影武者だ。家康様はこの城のどこかに隠れているはず、二人で探してお護りしてくれ。我らは風魔と決着をつけに行く！」
家康が生きていると分かって、蓮之助の顔には、厳しい中にもどこか安堵した表情が見て取れた。今、家康に死なれては、天下の騒乱は必至だったからだ。
「承知！」
大三郎と福丸は、家康探索に走った。
天守閣を焼き払い、向かい来る鉄砲隊や大筒隊をも、炎で撃退してしまった風魔破金丸。彼を止める手段は最早無かった。
駿府城には、近隣から大勢の武士が駆けつけていたが、何も出来ずに彼を遠巻きにするばかりだった。
「我は柳生蓮之助！ 風魔神太郎は儂が斬った。悔しくばかかって来い！」
破金丸の前に立ちはだかった蓮之助が、名乗りを上げた。
「？ お前が徳川の犬、柳生蓮之助か……。だが一足遅かったな、家康は既に打ち取った。これで徳川の行く末も危うくなったと言うもの、兄もあの世で喜んでいよう。最後にお前を血祭りにあげ、兄の敵を討つ！！」
鋼鉄の鎧を纏った破金丸が、蓮之助目がけて火炎放射機を放つ。蓮之助は、辛うじて炎を避けながら気功剣を放つが、鋼鉄の鎧に虚しく弾かれてしまった。
