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蓮之助と華  作者: 安田けいじ
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風魔神太郎


 東の空が白み始め、夜が明けようとしていた。


 本来の目的である、将軍秀忠の行方もまだ分かっていなかったが、当面の敵を撃破した徳川軍が、そこかしこに座り、戦いの疲れを癒している。


「蓮之助様……」


 蓮之助が振り向くと、そこには手招いている華の姿があった。何故か、華の目の包帯は取れていて、涼しい目を蓮之助に向け、誘うように遠ざかっていく。彼は、痺れの残るふらつく身体で、華の後を追った。


 家と家の間の路地へ曲がった所で、華が背中を向けて待っていた。蓮之助が華に近付こうとしたその時、本陣に置いてきたはずの柴犬のテンが走って来て、彼女に激しく吠えたてたのである。


「テン、華を忘れたのか? 華、どうしたのだ?」


 彼が怪訝な顔でテンを静め、華の肩に手を置こうとした刹那、彼女の着物が紫色に変わったかと思うと、風魔神太郎の姿になって蓮之助に斬りかかった。

 

「蓮之助様!!」


 後方から華の叫び声がしたのと、彼女が蓮之助の背中にドンと抱きつくようにぶつかったのが、ほぼ同時だった。

 今まさに刀を振り下ろさんとした神太郎の右腕を、蓮之助の脇の下を抜けた華の刀が貫いた。


「何!? これはどうした事だ?」


 我に返った蓮之助が、何が起こったのかと背中の華を振り返る。


「危のう御座いました。蓮之助様は、神太郎の幻術に掛かっていたのです」


 目の前には、血の吹き出る腕を押さえた、神太郎が倒れていた。


「くそっ、もう少しのところだったに、よくも邪魔をしてくれたな!」


 神太郎が身体を起こし華を睨むと、再びテンが吠えたてた。


「神太郎、秀忠様は何処だ!」


「ふん、こうなれば秀忠共々討ち死にするまでだ。お前らには渡さん!」


 蓮之助が神太郎に迫ろうとすると、彼は、あっという間に屋根に飛び上がり、姿を消した。


「華、恐らく秀忠様は風魔館のどこかに居るはずだ。先に行って探してくれ!」


「はい!」



 華が、館の前に戻ると、数百の徳川軍は、屋敷を取り囲んで待機していた。彼女は、大三郎、福丸、そして、数人の伊賀者たちと館に入っていった。


「華様、人の気配はありますか?」


 大三郎が、自分の鍛え抜かれた耳より、華の心眼の方が正確だと彼女に訊いた。華は立ち止まり、全神経を集中させて館の中の人の気を探った。


「二階です、二階の右手の奥の部屋に誰か居ます!」


 彼らは二階へと上がり、右奥の部屋の前で一旦止まると、目で合図して一気に襖を開けた。


「止まれ! 一歩でも入れば秀忠の命はないぞ!!」


 部屋の中央奥の柱に将軍秀忠が縛られており、その周りには火薬の樽がぎっしりと置かれてあった。そして、神太郎が左手に持った松明を火薬に近づけて、憤怒の顔で仁王立ちしていた。


「秀忠様!!」


 大三郎が叫んだが、秀忠はぐったりしていて返事は無かった。大三郎達が躊躇しているところへ、蓮之助が上がってきた。


「儂があの腕を斬り落とす。松明を落とさぬよう処理できるか?」


 小声で言った蓮之助が、華たち三人と目で合図しあってから一歩踏み出した。


「風魔神太郎、もはやこれまでと観念致せ!」


「蓮之助、この状況が分かっているのか? これだけの火薬が爆発すれば、此処に居る者はおろか、外を取り巻いている者達も皆死ぬんだぞ!」


「やるがいい。秀忠様を殺しても、徳川の世は終わりはしない。お前のやろうとした事は、何の意味も無いのだ!」


「ええい、黙れ! かくなる上は諸共に死ね!!」


 挑発に乗った神太郎が、松明を持った左腕を更に火薬に近付けようとした刹那、彼の左腕は、蓮之助の気功剣によって斬り落とされ、華たちが投げた三本の太刀が、松明を握ったままのその腕を、後ろの壁に貼り付けた。

 そして、貼りついた腕の手から落ちかかった松明を、疾風の如くに入って来た華が、しっかと握った。


「間一髪だったな。伊賀の衆、秀忠様を外へお連れしてくれ!」


「「ははっ!」」


 蓮之助たちが見守る中、伊賀者達が、ぐったりした秀忠を担いで部屋を出て行った。

 両腕を斬られた神太郎は、戦意を喪失して床に転がっていた。


「神太郎、天下を騒がせた罪は重いぞ、その命で償え!」


 蓮之助は、華から受け取った松明を神太郎の左腕の脇に挟んだ。


「止めを刺さないので?」


「死に方くらい選ばせてやれ」


 訝る大三郎たちを蓮之助が急かせて、館を出た直後、


「蓮之助! これで終わりだと思うな!!」


 神太郎の叫びと共に、風魔の館は大爆発を起こして吹き飛んだ。



「皆よくやってくれた、礼を申す!」


 蓮之助が、徳川軍に労いの言葉をかけると、皆、刀を突き上げて勝鬨をあげた。


 蓮之助の指揮のもと、徳川軍の犠牲者と巨人達を荼毘に付して弔った。そして、巨人たちの遺灰は、海に流してやることにした。


「これで、彼らも故郷に帰れよう」


 巨人たちが故郷の街を目指し航海に出る姿が、蓮之助の脳裏には鮮明に浮かんでいた。



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