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蓮之助と華  作者: 安田けいじ
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風魔の陰謀②


 蓮之助たちが谷川沿いに進むに連れて、谷や左右の山の地形は険しさを増していった。それは、大軍が容易に入れぬ、天然の要害の様相を呈していた。


 半時ほど、月明りを頼りに谷川を上って行くと、高さ十数丈の巨大な石の壁が、谷を塞ぐようにそびえ立っていた。壁の上では篝火が焚かれ、幾人かの見張りの姿が見てとれた。


「この石垣は、大軍を通さぬために作られた城壁だろう。風魔の里はすぐそこだ。

 だが、彼らに見つからずに壁を上ることは不可能だ。遠回りになるが、少し引き返して山を登るしかなさそうだな」


 谷川を戻った蓮之助たちは、途中から切り立った斜面を登り、山へと入った。道なき道を進んで行くと、山の中腹辺りで、悍ましい光景に遭遇した。

 それは、風魔に殺された伊賀忍者たちの骸だった。彼らの首は木の杭の上にあり、見せしめのように晒されていたのだ。これが昼間なら、目を背けずにはいられなかっただろう。


「何と惨い事を……。我らがここを通るのを承知で、警告の為にこのような事をしたのだろう。どうやら、こちらの動きは敵に知られているようだな……。せめて法を唱えてやろう」


 蓮之助が手を合わすと、三人もそれに習った。



 その後も、彼らは険しい山を必死で登り、やっとの思いで峰を越えた。見下ろす麓には、風魔の里であろう場所に、幾つもの篝火が焚かれていた。


 その時である。真っ赤な照明弾が彼らの頭上に上がったかと思うと、遠くでブンという弦を弾く音が一斉に聞こえたのだ。


「弓だ、木の陰に隠れろ!」


 蓮之助が叫んだ次の瞬間、無数の矢がピュンピュンと風を切り、雨のように降り注いで来た。


 「ウッ!」


 咄嗟に華をかばった蓮之助から、呻き声が漏れた。


「蓮之助様!」


 華が叫ぶと、それに気付いた大三郎達が、蓮之助と彼女を大きな木の陰に引きずり込んだ。見れば、蓮之助の左腕には一本の矢が突き刺さっていた。福丸が、その矢を折って引き抜いたが、直ぐには血止めをしない。


「何故、血止めをしないのです?」


 華が怪訝な顔で訊いた。


「この矢には毒が塗ってあります。毒を抜かねばなりません」


 大三郎と福丸が、手際よく蓮之助の傷の手当てをしているのを、華が心配そうに覗き込んでいた。


 

「どうやら、この山には敵が潜んでいて、我らの居場所を照明弾で知らせているようだ。だが、ここで引き返す訳にはいかぬ。……あぁ、身体が痺れて来た」


 蓮之助が喘ぐように言うと、華が泣きそうな顔を大三郎に向けた。


「毒はあらかた流れましたから死ぬ事はありませんが、数日、身体が言う事を聞かないと思います。

 ……蓮之助様、こんな身体では存分な戦いは出来ませぬ。一旦戻られては?」


 大三郎が、懇願するような眼を向ける。


「ならぬ! 秀忠様をお救いするまでは戻るわけにはいかんのだ。体は動かずとも気功剣は使える、心配するな!」


 蓮之助の気迫に押されて、大三郎は口を噤むしかなかった。


 雨のように降っていた弓矢の攻撃が止むと、山は、風の音だけの静けさを取り戻した。彼らが大きな息を吐こうとした次の瞬間、蓮之助たちの頭上に再び照明弾が上がり、遠くで、ドーン! ドーン! と花火を打ち上げるような音が響いた。

 少し間をおいて、彼らが身を潜めている直ぐ近くで凄まじい爆発が起こり、木々が吹き飛んで、土塊が雨あられと降り注いだ。


「くそっ! 今度は大筒か!?」


 大三郎は吐き捨てるように言うと、蓮之助を背負い、砲弾を避けながら山を疾走した。彼の鍛えられた体は、大きい蓮之助を背負っても、その動きが鈍る事は無かった。


 数十発もの大筒の攻撃が止み、大三郎たちが一息ついたところへ、ヒューという音と共に、一発の赤く光る砲弾が、彼らを目掛けて飛んで来たのだ。


 その刹那、華が反射的に空中に飛び上がり、気功剣を放って砲弾を爆発させ、直撃を免れた。だが、その爆発で、砲弾の飛散物が彼女の顔面に降り注いだのである。


「華! 大丈夫か!?」


「目、目が!……」


 蓮之助が重い身体を引きずり、苦しむ華を抱き起こすと、その目から血が流れ出ていた。


「これはいかん。福丸、水じゃ!」


 大三郎が、華の目の異物を取り除き水で洗浄したあと、印籠から取り出した薬を水に溶かしたものを「少し沁みますぞ」と言って、彼女の目に垂らした。


「蓮之助様、これでは失明はしないまでも、華様の目は暫く見えないでしょう」


 蓮之助の身体は自由を失い、華は目が見えない最悪の状況に、大三郎の顔が更に曇った。


「華、戦えるか?」


 蓮之助は華を気遣いながらも、その声には一歩も引かぬ響きがあった。


「……これでは敵が見えませぬ!」


 華は、目の激痛に堪えながら、必死に周りの状況を感覚で捉えようとしたが、心が焦るばかりで何も見えなかった。


「心を落ち着けるのだ。気功剣を使う態勢になってみろ。儂の気を感じるか?」


 華は、蓮之助に言われるままに精神を集中し、気功剣の態勢に入った。


 すると、目が見えていた時には見えなかった、他人の気が朧気に見えて来たのだ。更に感覚を研ぎ澄ましていくと、人の動きが手に取るように分かり、風にそよぐ木々や小さな虫までも、鮮明に捉えることが出来たのである。


「蓮之助様、見えます! 戦えます!」


 華が叫ぶように言うと、蓮之助が、うむ、と微笑んだ。


「後方に二人の敵が見えます!」


 華の指す方向に福丸が姿を消して暫くすると、彼は血の付いた刀を握って戻って来た。


「華様、二人の敵は仕留めました。蓮之助様、誰かが我らの後を追って山を登って来ます。それも、かなりの数です」


「山を登って来るなら味方に違いない。大三郎、福丸、応援が着き次第、一気に攻め込むぞ。まず、我らで敵の弓隊と大筒隊を封じるのだ。大三郎は、すまぬが儂を背負ってくれ。福丸は華の援護を頼む。この戦いで全てが決まる。皆、法に命を預けるのじゃ、よいな!」


「「はっ!」」


 暫くすると、数十人の伊賀の軍団が姿を現した。彼らは、大三郎に背負われた蓮之助と、目に包帯を巻いた華の姿に唖然となった。



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