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蓮之助と華  作者: 安田けいじ
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風魔の陰謀①


 ここは、江戸城にほど近い老中酒井忠次の館である。その離れで、将軍秀忠と風魔一族の統領、風魔神太郎ふうまかみたろうが密かに会っていた。 


「神太郎、柳生蓮之助を打てるか? 奴には剣だけでは勝てぬぞ」


「御心配には及びませぬ。我が軍団は無敵なれば、如何なる強敵も粉砕して見せましょう」


 将軍秀忠に、手を伸ばせば届きそうな位置に控えた神太郎が、不敵な笑いを見せた。


「うむ、蓮之助を打ち取ることが出来たなら、望みの褒美を取らせようぞ」


「あり難き幸せ。……ならば、上様のお命を頂きとうござる」


 その刹那、神太郎の影がスッと動いた。


「何じゃと! ウッ!」


 秀忠が神太郎を睨んだのと、彼が当身をくらわせたのが同時だった。


「ふん、将軍というて他愛のない事よ」

 

 神太郎が、倒れた秀忠を一瞥しながら外に合図を送ると、何処からともなく紫色の忍者装束の一団が現れ、彼を連れ去って行った。



 将軍秀忠が拉致された事が江戸城に伝わると、城内は蜂の巣をつついたように騒然となり、駿府城の家康は、激怒していた。 


「たわけ! 将軍が拉致されるとは何事か! 風魔はよせと言ったに、あの馬鹿めが! 御庭番を総動員して秀忠の行方を探すのじゃ、風魔一族討伐の軍を仕立てよ!」


 家康は種々指図すると、近習の者を下がらせ、頭を抱えて部屋に閉じこもってしまった。



  

 徳島の蓮之助の元に、家康からの書状が届いたのは、それから数日後のことだった。


「蓮之助様、家康様はなんと?」


 書状に見入る蓮之助を、華が急かせた。


「将軍秀忠様が、相模国の風魔一族に拉致されたらしい。それで、この儂に秀忠様を救ってほしいと書いてある」


「相模へ発たれるのですか?」


 華は、秀忠拉致の報に動揺するでもなく、涼しい顔で訊いた。


「刺客を送る相手を救うと言うのもおかしな話だが、恩義ある家康様の頼みとなれば行かずばなるまい。

 それに、風魔一族は家康様の命も狙っているかも知れぬ。徳川が倒れてしまっては、再び戦乱の世に逆戻りだからな」


「では、私も参ります」


「うむ、風魔は、将軍家を手玉に取るような恐ろしい奴らだ。今度こそ死出の旅になるかもしれぬが、それでもよいか?」


「もとより、その覚悟でいます」


 華は当然のように言いきった。


 蓮之助は、人並みの幸せを捨てて、地獄道を共に歩んでくれる健気な華が、限りなく愛おしかった。想いが溢れそうになった蓮之助は、華をそっと抱き寄せた。


「すまんな。こんな人生で……」


「蓮之助様と一諸なら、地獄も怖くありませぬ」


 二人は見つめ合っていたが、何方からともなく唇を合わせ、互いの愛を確かめ合うように長い口づけを交わした。その、華の目から熱い涙が頬を伝った。



 次の朝、二人が旅支度をして表に出ると、大三郎と福丸も、旅姿で待っていた。


「お主たちも行くのか?」


「あなた様を護るのが役目ですので、どこまでもお供いたします」


 大三郎と福丸が笑顔で答えた。その横に座っている柴犬のテンに華が話しかけた。


「テンも一緒に行くの?」


「ワン!」


 テンが嬉しそうに尻尾を振った。


「こいつは心強いな。さあ、行こう!」


 四人と一匹は山を下りて、一路、徳島港へと向かった。


 徳島港では、家康の指示が行き届いていて、既に、藩が用意した大型船が待っていた。これには、風魔一族討伐の為、鎧に身を固めた徳島藩の精鋭百人も乗船していた。


 船は、暗雲垂れ込める海を、折からの強風を帆に孕み、荒波を蹴立てて突き進んだ。


「華、船酔いはせぬか? 少し眠るがよい」


「大丈夫です」


 華は、蓮之助に寄り添いながら、このまま二人で海の彼方の新天地に行ってしまえたらと、叶わぬ夢想にふける自分を戒めていた。



 船は、三日目の昼過ぎに相模の港に着いた。そこからは、陸路を馬を仕立てて風魔の里に向かった。途中、多くの騎馬隊や歩兵部隊に遭遇して、風魔の里の麓に着くと数千の徳川軍がひしめき合っていた。


 蓮之助は、本陣に、総大将である井伊直政を訪ねた。


「おお、蓮之助、よくぞ参った! そこもとの武勇は聞いておる。是非力を貸して貰いたい!」


 直政は、敵である蓮之助に頭こそ下げなかったが、徳川を相手に一歩も引かぬ彼の勇猛さが、今は欲しかった。


「天下の一大事に御座りますれば、この命捨てる覚悟で参りました」


「よくぞ申した。頼りにしておるぞ」


「それで、秀忠様の救出はどのように?」


「うむ、秀忠様のお命がまず大事ゆえ、総攻めは出来ぬ。今は伊賀者に様子を探らせておるところじゃ」


 そこへ、伊賀の統領、服部半蔵が顔色を変えて入って来た。


「申し上げます。風魔の里に送りました我が配下が、悉く打ち取られまして御座います!」


「何! 伊賀の手練れが打ち取られたと……。何としたものか、このままでは手の打ちようがないではないか……」


 井伊直政は沈痛な面持ちで腕を組み、考え込んでしまった。


「私が参りましょう!」


 沈黙を破って声を上げたのは、蓮之助だった。


「蓮之助、何か手立てがあるのか?」


「いえ、今は風魔の里の情報を収集する事が先決です。先ずは私共四人で探ってまいります」


「うむ、……お前達ならむざむざやられはしまい。頼んだぞ!」


 井伊直政の祈るような目に送られて、蓮之助達は、夜の帳が下りた風魔の里へと入っていった。




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