刺客万来②
蓮之助と華は、茜の姿が消えても、その残像を何時までも見送っていた。
「姉上は、もしかしたら徳川の刺客だったのかも知れんな。徳川の兵法指南である柳生に刺客の依頼が来るのは時間の問題だと思っていたが、おじじ様の事もあって、私をよく知る姉上が志願したのであろう。私達を心配して来てくれたのだ」
「そうでしたか。安心してもらえて嬉しゅうございました」
「うむ、おじじ様と姉上の恩義忘れまいぞ」
「はい」
蓮之助と華は、石舟斎と茜の恩に報いるためにも、何としても生き残ろうと誓いを新たにしたのである。
茜が去って、年が明けた一月に中国拳法の達人で、道元と言う僧が現れた。また、宝蔵院流の槍の使い手、玄海が四月にやって来たが、二人共、相手に触れずに倒す気功術の敵ではなかった。
更に八月には、明から来た気功術の達人、陳が挑んで来た。気功と気功の戦いは、最初は互角かと思われたが、蓮之助が気功剣を使うと、あっさり勝負はついた。陳は気功剣を知らなかったのだ。
蓮之助は、これら、六番から八番までの刺客を次々と撃退して、季節は秋となった。
次に現れたのは、鉄砲で有名な紀州の雑賀衆である。彼らは、名手八人を揃えて山に登って来た。
「我らは、紀州の雑賀衆。徳川秀忠公の命により、柳生蓮之助殿のお命頂戴仕る!」
彼らは、家康が天下を取ってからは表舞台から退いていたが、その鉄砲術は受け継がれ、更に磨きが掛けられていた。
八人の鉄砲隊と対峙した蓮之助たちは、刀を持たず素手で立っていた。
「華、お前は左の四人を頼む。儂は、右だ」
「分かりました」
蓮之助たちがやや足を開き、自然体で臨戦態勢に入ると、雑賀衆が怪訝な目を向けて来た。
双方の距離は、七丈余り(約二十一メートル)で、銃の名手の彼らにとっては目を瞑っていても外す距離では無かった。まして、それが八人いるのであるから、戦いにならないと思ったのも無理はなかった。
「柳生殿、刀も持たず何のつもりか!」
「柳生の無刀取りの妙味をお見せする。いつでも撃たれよ!」
蓮之助が叫ぶと、雑賀衆は一斉にその銃口を上げ、狙いを定めて引き金に指を置いた。
そして、雑賀衆が鉄砲の引き金を引こうとした刹那、蓮之助と華の手が僅かに動いたかと思うと、彼らは悲鳴を上げて鉄砲を投げ出していた。
蓮之助たちの気功剣が、彼らの腕を斬ったのである。だが、深手を負った者は居なかった。
気功剣は目に見えない。雑賀衆は何が起きたのかも分からず、蓮之助と華を呆然と見ていたが、それが蓮之助たちの仕業だと分かると、負けを認め潔く山を下りて行った。
年の瀬も迫ったある日、蓮之助たちは隣の大三郎と福丸を招き、囲炉裏を囲んで夕食を取っていた。
「蓮之助様、江戸からの話では、あなたへの刺客に名乗りを上げる者がおらんそうで、秀忠様は風魔一族と話しをしているようでございます」
大三郎が顔を曇らせながら言った。
「風魔一族? それは、忍びなのか?」
「昔は北条家に仕えた忍びだったのですが、最近になって風魔神太郎と名乗る頭が現れ、新しい風魔を作ったそうにございます。彼らは、幻術、毒、爆薬を使い、その身体は鉄で覆われている巨人だという噂も流れており、徳川も、得体のしれない連中ゆえ躊躇していたのですが、終に、蓮之助様への刺客を依頼したようです」
「そうか、今度の敵は一筋縄ではいかぬようだな……」
囲炉裏の炎を映した蓮之助の眼が、異様に光った。
その頃、江戸城では家康と側近達が酒を酌み交わしていた。
「その後、蓮之助はどうしておる。この所忙しくて忘れて居ったわ」
「この一年、居合斬りの林崎甚助に始まり、柳生茜、雑賀衆の鉄砲隊まで悉く火の粉を払った由にございます」
井伊直政がよく通る声で報告すると、
「これ、直政、火の粉とは何じゃ。徳川を悪し様に言うな!」
筆頭の酒井忠次が、家康の激怒を恐れて声を荒げた。
「まあ良いわ、蓮之助にとってみれば火の粉に違いあるまい。それにしても蓮之助という男はどこまで強いのじゃ、最早これ以上の刺客はいないではないか」
家康が、怒気を含まぬを見て酒井忠次は胸をなでおろし、隣にいる直政の膝を小突いた。
「なんでも、人に触れずに相手を倒す気功術なる剣法を学んで、鉄砲も役に立たぬ由にございます」
本多忠勝が、興奮気味に話した。
「ほう、気功術とな。秀忠、刺客を放つも、あと一年の猶予しかないぞ。もう止めにしてはどうじゃ?」
「いえ、このままでは徳川の面子が立ちませぬ。現在、風魔一族に刺客の依頼をしたところです。暫しの御猶予を頂きとうございます」
「風魔一族じゃと。強いそうじゃが、色々と悪い噂しか聞かんぞ。使い方を誤れば徳川の
仇ともなりかねぬ……」
家康の顔が曇り、秀忠に鋭い目を向けたが、言おうとした言葉を飲み込んだ。秀忠は、年が明ければ二代将軍を継ぐ身、家来の前で叱りたくなかったのである。
歳が暮れ、そして新しい年が明けると、秀忠は二代将軍となり、家康は大御所として、その行く末を見守る事となった。




