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蓮之助と華  作者: 安田けいじ
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気功剣②


 一方、蓮之助の方は、華の居る所から少し下流の河原で、物を気で動かす修行に入っていた。


 「カツーン、カツーン」華が石を打つ音が谷川の上流から聞こえて来る。


 蓮之助は、大きな石の上に人の頭ほどの丸い石を置いて、それを、手を触れずに弾き飛ばそうと苦心していた。


「気を感じる事です。そして、気を手に集めて、一気に放つのです」


 日光は、そう言って石に向かって手を翳すと、石は木端微塵に弾け飛んだ。


「……」


 蓮之助は、触れもせずに破壊された石の欠片を見ながら、人の力の深さ不思議さを感じていた。


「貴方の無刀取りの妙技も、気を無意識に使っているのです。その先に一歩踏み出すのです」


 日光のよく通る声に背中を押されるように、蓮之助はその場に座して、目を閉じ心を集中させた。

 ――すると、谷川を流れる水のせせらぎ、小鳥たちの鳴き声、風に騒めく木々の音など、耳に入っていた様々な音が、ある時点から徐々に消えていき、最後には音の無い世界となったのである。

 次に、郡山藩での事件、徳川の刺客、武蔵、華、島崎家の人々、柳生の里、石舟斎、家康、様々な人や情景が浮かんでは消えていった。


 そうした雑念が去って無心となると、身体に流れる青い光のようなものが見えて来たのだ。それは、何処からともなく現れて、蛍の大群のように身体中をめぐっていた。

 彼は、その青い光の流れを指の先に集めるように思念を凝らした。


 指の先が熱くなってきた蓮之助が、石に手を翳し気を放つと、その石がグラリと揺れた。


「そう、それです! 今の感覚を忘れないでください。あとは、その繰り返しの中で実戦に即したものへと仕上げればいいんです」


 傍で見ていた日光が、思わず声を上げた。


 蓮之助は、気を捉える事が出来た事を華に伝えたくて、谷川の上流を見上げると、


「蓮之助様ー!!」


 華の上気した声が聞こえて来たので、二人は、石の上を飛びながら上流へと向かった。


「華、どうした!?」 


 蓮之助と日光が華の修行場に着くと、彼女は嬉しそうに、傍らに真っ二つになって転がっている大きな石を指さした。


「やりましたね! お二人共、たった数日で気を捉えるとは、流石です」


 日光は石の切り口を確認しながら、二人に笑顔を見せた。



 その後も二人は、寝る間も惜しんで気の修行に没頭し、あっという間に一月が過ぎて、日光が旅立つ時が来た。


「華殿、見事な気功斬りです。この世に斬れぬものは無いと言う意味から、気功王剣と名付けましょう。

 それから、貴女の動きは速くて直線的ですから、円の動きを取り入れると、もっと強くなると思います。

 蓮之助殿も、相手に触れずに倒す、無刀取りの極致ともいえる技を身につけられた。最早、あなた方に剣は必要ないかも知れません。  

 最後にもう一度お浚いをしましょう。一つ、人を殺さぬ事。一つ、世の為に尽くす事。

一つ、法と共に生きる事。この三つを守り抜けば、今の地獄の苦しみから抜け出すことが出来るでしょう。

 では、拙僧はこれにて失礼します。また会う事もあるでしょう」


 日光は、蓮之助と華に見送られて、下界へと下りて行った。


「不思議なお坊様ですね。わたくし、あの方にお会いしてから目の前が明るくなりました」


「まったくだ。良いお人に出会えて良かった。人として生きるべき道を教えて頂き、気功と言う最高の武器まで伝授して下さった。何と有り難い事か」


 真っ暗闇の地獄道を行く二人が、日光と出会い法を聞いた事で、希望の光を見いだしたのは間違いなかった。



 次の日の早朝、一人の武士が小屋を訪れた。名は林崎甚助、彼は居合い斬りの達人で、徳川の依頼を受けて参上した第四の刺客だった。


「お手前も、一つの剣を極めた一角の人間とお見受けする。何故、徳川の刺客なぞになったのかお聞かせ願いたい」


 蓮之助は、真面目そうなこの男が、何故刺客などになったのかが知りたかった。


「拙者も、純粋に剣を極めんとする者。徳川の手先となって蓮之助殿を打つは理不尽なれど、強いと聞けば挑まずにはいられないのです。是非、立ち合って頂きたい!」


「承知、 参られよ!」


 蓮之助は、刺客と言えど、純粋に挑んで来る者には礼を持って遇した。


 甚助は小柄ではあったが武蔵と同じ匂いがした。居合斬りは最初の一の太刀もしくは二の太刀で決着を付ける瞬殺剣である。


 蓮之助は、剣を持たず素手で身構えた。甚助は驚いたが、これが無刀取りの構えなのかと、再び刀の鞘と柄に手を添えて、じりじりと蓮之助との間合いを詰めていった。

 蓮之助は、両手を甚助に向かって翳して、気の技の態勢に入った。


 甚助が剣を抜こうとした刹那、蓮之助が一気に気を放つと、彼は、何故か剣を抜くことが出来なくなっていた。

 甚助は、何度も心を落ち着かせて抜刀を試みたが、金縛りにあったように身体が動かないのだ。


「参った!」


 甚助は、負けを認めざるを得なかった。刀が抜けなくては、いかな剣豪も戦うことは出来ない。


 甚助が、刀が抜けるようになったのを確かめてから、自分の身体に何が起きていたのかと我が手を見た。


「今のは何と言う技ですか?」


「相手に触れずに組み伏せる、気功術です。殺さずに相手を倒す柳生の神髄にも通じましょう」


「世の中には不思議な技があるものだ。更に精進して参ります」


 林崎甚助は帰り際、一本の低い木の前に立って、得意の居合術を披露した。払い、打ち込む連続技はほとんど目に留まらなかった。刀が鞘に収まるのを待って、二つに斬られた木が倒れ落ちた。

 

「では、御免!」


 甚助は一礼すると、足早に去っていった。


 この後、彼は修行の果てに、居合道を世に広め、開祖となるのである。


「あの居合い、抜かれていたら危なかったな」


 蓮之助が甚助の後姿を追いながら、苦笑いした。



 二人は、その後も気の技を磨いていくうち、気功王剣を参考にして、“気功剣”なるものを編み出していた。

 それは、“気”を剣のように変化させる技で、気功王剣のような凄まじさは無いが、遠くの物を斬ることが出来るのだ。


「蓮之助様、あの枝を斬ってみてください!」


 華が指差す杉の巨木の枝に向かって、蓮之助が腕を振るうと、枝はすっぱりと切れて地面に落ちた。


「凄いです。目に見えないこの気功剣は、敵にしてみれば太刀筋が分からず、防ぎようがありませぬ。これこそ最強の技ではないですか?!」


 華の声が弾んだ。


「うむ、それに、お前には気功王剣がある。だが油断は禁物ぞ。世の中、どんな能力を持った者が潜んでいるか分からないからな。お互い修練は怠るまいぞ」


「はい!」


 蓮之助と華は、最強の技を身に付けても、更に上を目指そうとしていた。


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