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蓮之助と華  作者: 安田けいじ
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激突、伊賀忍軍①

 

 蓮之助が柳生の里を出て、早、四か月が経とうとしていた。


 この頃には、蓮之助の頭は月代から総髪にして後ろで束ねており、華も相変わらず髪は結わず、長い髪を後ろで束ねているだけだった。


 山小屋での二人の生活は質素であったが、華は、毎日嬉しそうに蓮之助の世話を焼いていた。蓮之助に好意を寄せる華にとって、彼との生活は何ものにも替えがたいものだったのだ。


 蓮之助は、元気になった華を見て安堵する一方で、徳川の刺客との戦いに備え、自分の剣の全てを、彼女に叩き込もうと決めていた。二人が生き残る道は、三年間勝ち続けるしか無かったからだ。

 だが、蓮之助と一緒に暮らし、日々女らしくなっていく華を見るにつけ、剣への執着が削がれてしまうのではないかと言う不安は隠せなかった。 

 しかし、華は、ひとたび剣を取ると豹変した。彼女の修羅の剣は、以前にも増して強くなっていたのだ。それは、自分の命を懸けてでも蓮之助との生活を護らんとする、彼女の凄まじい執念が剣の力となっていたからだ。


 蓮之助は、武蔵と戦って会得した最強の二刀流を、徹底して華に教え込んだ。彼女は、凄まじい気迫でそれを吸収していき、終には、武蔵の豪剣には及ばぬものの、手数と速さでは、引けを取らないところまで腕を上げていったのである。


「華、凄いな。今なら武蔵殿に褒められようぞ」


 彼女は、嬉しそうにコックリと頷いた。


「儂の、無刀取りにも限界が見えている。更に高みを目指さねば徳川宗家との闘いに勝ち残れまい。武蔵殿の二刀流は、有るものは何でも使えという、合理を追求したものとも言える。私達も二人いるのだから、二身一体の技を考えて良いと思う。華も考えてみてくれ」


「分かりました」


 華は、自分が頼られている事が嬉しかった。



二人の食生活は、島崎家から届けられていた、米、味噌、梅などが主で、食卓は質素なものだった。

 だが、春の山には、イタドリ、ワラビ、ゼンマイ、フキノトウなどが繁茂しているため、二人は、貴重な食材であるこれらの山菜取りにも精を出した。又、時折、蓮之助が捕まえて来るイノシシやウサギなども食卓を賑わせていた。


「たまには、肉を食わねば力が出ないからな。華、うんと食べろ」


 囲炉裏に掛けられた鍋には、ウサギの肉と山菜がぐつぐつと煮立って、美味しそうな匂いが小屋いっぱいに立ちこめていた。


「蓮之助様、始めてウサギの肉を食べましたが、おいしゅうございます」


「うむ、柳生では、子供の頃から山を駆け巡って、ウサギを追い回したものだ。ここは何となく柳生の里に似ているので、住もうと思ったのだ」


 蓮之助は、故郷の柳生を思い出すように目を細めた。


 二人が、食事をしながら談笑していると、突然、猟犬のテンが吠えだした。テンは、華の家の者が、番犬にと連れて来た今年五歳になる柴犬である。狩りでは、蓮之助の指示通りに走り回り、活躍してくれている。


「わたくしが見て参ります」


 華が刀を手に戸口へ向かうと、蓮之助も傍らの刀を引き寄せた。テンが激しく吠えたてる中、華はそっと戸を開いて外を伺った。

 ――すると、そこには、巨大な獣が立っていて、恐ろしい狂気の眼で華を見据えていたのだ。


「ヴルルルル!」


「蓮之助様!」


 華は叫びながら後退りして、刀を抜き身構えた。


「華、どうした!?」


 華の異変に気付き、蓮之助が、立って華の方へ行こうとした刹那、巨大な黒いものが板戸を蹴破り、ドッと暴れ込んで来たのだ。囲炉裏の炎に照らされたそれは、七尺を超えようという巨大なクマだった。クマは左腕に傷を負っていて、狂暴化していた。


「華、下がれ!」


 蓮之助が叫んだ途端、クマの太い腕が、刀を構えている華を襲った。彼女は、それを刀で防ごうとしたが、野獣の力に勝てるはずもなく、土間に叩きつけられた。

 クマが倒れた華に襲い掛かろうとしたその時、外から走り込んできたテンが、クマの首に食いついたが、その腕力の前に、あっさり振り落とされてしまった。


 立ったままの巨大なクマは、狂気の目を光らせながら、まだ起き上がれない華目掛けて、五本の鋭い爪を一気に振り下ろした。


 逃げる間もない華が、咄嗟に両手で顔を護った次の瞬間、彼女を護ろうと覆いかぶさった蓮之助の背中に、クマの鋭い爪が食い込み血飛沫が飛んだ。


「ウウッ!!」


 呻き声をあげる蓮之助に、クマは躊躇なく止めの腕を振り上げる。蓮之助が、華を抱きしめたまま横へ転がると、間を置かずしてクマの爪が地面に突き立った。狂暴なクマの目は、獲物である二人に向き直り、照準を定めて来る。


 華は顔面蒼白になりながらも、苦痛に顔を歪める蓮之助を引きずってクマから遠ざけると、瞬時に刀を拾って突進し、クマの胸に突き立てた。

 だが、クマは倒れるどころか更に狂暴になって、華に襲い掛かって来たのだ。


「ガオーッ!!」


 気の強い華がクマを睨み返すも、万事休す。その刹那、後ろから飛んで来た刀が、クマの眉間に突き刺さり、貫いたのだ。さすがの大グマも、片腕を振り上げたまま後方に崩れ落ちた。

 振り向くと、壁に背を預けて座る蓮之助が、刀を投げた手を下ろすところだった。華は、蓮之助に走り寄った。


「蓮之助様!」


 蓮之助は、背中の傷の激しい痛みに襲われ、立つことさえ出来なかった。


「ウウッ、大丈夫だ。華、これはヒグマぞ。蝦夷地【北海道】にしか住まんはず。敵が来ている、気をつけろ! 儂の刀を……」


 敵と聞いて華の顔色がサッと変わった。彼女はクマの頭を踏んずけ、刀を引き抜き蓮之助に渡すと、自分も二刀を持って彼の傍に寄り添った。


「ひどい傷です。血を止めないと……」


 蓮之助の傷は思ったより深く、血が滴り落ちていた。華は、長持ちから自分の着物を取り出して引き破り、蓮之助の身体にぐるぐると巻いて止血を施した。


 そうしている内、パチパチと何かが燃えるような音がしたかと思うと、焦げ臭い匂いと煙が小屋に入って来た。


「蓮之助様! 小屋に火をかけられたようです!」


 華が叫んで、蓮之助にしがみついた。



 小屋の外では、黒装束の大勢の忍者達が手に松明を持って、燃え上がる小屋を取り巻いていた。小屋はあっという間に炎の中に消え、やがて崩れ去った。


「どうやら、焼け死んだようですな。さすがの柳生蓮之助も、蝦夷から連れて来たヒグマと炎には敵いませぬか」


「死骸を見つけるまでは油断するな! 死骸を探すのじゃ!」


 頭目らしい男の命で、忍者達が焼け跡を捜索していると、不意に地面から突き出てきた白刃が、一人の忍者の肩を貫いた。


 悲鳴の方に彼らが目をやると、華に支えられた蓮之助が、地中から姿を現したのである。彼らは食料を保存する穴倉に身を潜ませて、身を護っていたのだ。


「出会え! 蓮之助は生きておるぞ!」


 忍者軍団が、さっと、二人を取り囲む。


「華、背中を合わせろ! 動かずに、来る者だけ斬れ!」 


「はい!」


 蓮之助と華は座ったまま背中を合わせて、次々と斬りかかる忍者軍団を迎え撃った。

 彼らは、蓮之助達の頭上をムササビのように飛んで、手裏剣や刀で攻撃してきたが、悉く二人の剣の餌食となり、辺りは傷を負った忍者たちで埋まっていった。


 蓮之助と華は、敵であっても可能な限り殺さぬようにとの石舟斎の言葉を守り、致命傷は与えなかったのである。


「ええーい! 一度に斬り込め!!」


 忍者軍団は円陣を組んで、それを回転させながら、じりじりと輪を狭めて来た。


 蓮之助と華は背中を合わせたまま、相手の動きを見極めるべく集中した。


 次の瞬間、忍者軍団が一斉に斬りかかって来たのを、蓮之助と華は瞬時に地面に伏して、草を薙ぐように彼らの足を斬り払った。


 頭目の一人を残し、軍団はバタバタと倒れ込み、誰も立ち上がる者はいなかった。



「名乗りもせず闇討ちするとは何事か! 名乗れ!」


 蓮之助が大声で呼びかけると、頭目の男が応えた。


「我らは、伊賀の者。柳生蓮之助! 秀忠様の命によりお命頂戴つかまつる。それ!」


 頭目が合図した途端、そこかしこの地面、池、林の中から、数十人の新たな忍者軍団が湧き出て来たのである。


 斬りぬけられたと思っていた蓮之助と華は、心が折れそうになるのを、歯噛みしながら堪えていた。 


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