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「ついでだ、こいつも紹介しておくか。俺と共存していた魔物も一緒に召喚されたんだ、見てみろ」
「共存?」
クロジカは尻尾の先を擦り合わせて音を出す。指パッチンならぬ尻尾パッチンだ。
するとドアの向こうから一匹の蜘蛛の魔物が現れた。体長五十センチもある巨大な蜘蛛だ。濃い灰色のふさふさとした体毛に覆われたずんぐりとしたボディ、ムチムチした脚。丸っこくて可愛らしい愛玩動物のような印象を受ける。
「こいつは鎖蜘蛛という。名前は無い。魔物に名前なんてないからな」
鎖蜘蛛はクロジカの背中まで這うとピタリと止まった。まるで元々そこに合うように作られた装備のようにシックリとハマっている。
「まぁ、この世界でいうと、ジンベイザメにくっついているコバンザメってところか」
「面白い生態だな」
クロジカはゲゲゲと不気味に笑った。
「だろ、だからこの種族はあんまり食べなかった」
「少し食べたのかよ」
「ちょっとな……んだよ、腹が減ったんだよ。こいつらはな本当に面白いぞ、なんせ糸の代わりに鎖がでるからな」
「だから鎖蜘蛛というのか」
「そうだ、あとはーー」
そう言いかけて、クロジカはバッとドアのほうを向いた。
「どうしたんだ?」
「心紅が起きた、話はここまでだ」
クロジカは話を切り上げて足早に部屋を出ていこうとする。
「俺も行ったらダメか?」
「待ってろ、すぐに連れてくるからよ」
クロジカはドアのところで再び止まり振り返った。
「そうそう、心紅がお前に優しいのは魔女の気まぐれなんかじゃねぇ」
「じゃあなんだって言うんだ?」
「一目惚れだ」
クロジカは最後に、グゲゲ、と魔人然とした邪悪な笑みを浮かべて部屋から出て行った。
突拍子もない言葉にぽかんと口を開いたまま硬直した。
(おかしいだろ。最初に会ったときの俺に惚れられる要素なんて微塵もなかったはずだ)
ゴミのように倒れていた自分を思い出す。
「ゴミ袋をクッション代わりにしててワイルドで素敵っなるか? はは、ありえねー」
(魔人の戯言だろう。異世界ジョークだ)冷静になった真冬はそう解釈する。
(でもなんであの場にいたんだ。たまたまか?)
疑問だけが残った。
三十分後。
心紅が部屋に来る。服装も部屋着になっている。
「怪我の調子はどうかしら」
「開口一番が俺の心配かよ、それはなこっちのセリフだ、大丈夫なのか?背中を刺されたんだぞ」
「私は平気よ」
「本当か」
ずいっと心紅に近づくと背中を触る。
心紅はビタッと硬直する。
「な!」
「痩せ我慢しているんじゃないか? ここは? じゃあここは? どうだ? 痛まないか? 血だってたくさん出ていた、ふらつかないか?」
「だ! だから! 平気って! い! 言ってるでしょ!」
心紅は真冬を押し退けて距離を取る。
それからベットに乗ってこちらを見下ろして威嚇してくる。
「よかった」
(それだけ動ければ嘘じゃない。一安心だ。心紅は無事だ)ホッと胸を撫で下ろす。
「よくないわよ! いきなり、か、体に触るなんて! 野蛮よ! 原始人なの? 過去から送られてきた古代の戦士なの? バーサーカーかな?」
「触って悪かった、戻ってきてくれ」
(なんで怒ってるんだ……)
真冬は切り出すことにした。
「助けてくれて、ありがとう」
「そうね、感謝しなさい」
「でもなんでまた俺を助けた?」
「言ったでしょう、気まぐれよ。魔女は気まぐれにも責任を持つものなのよ」
(うーん、本当のことかもしれないが説得力に欠けるなぁ。ちょっと質問を変えてみるか)
「クロジカと鎖蜘蛛に会った」
「そ、そう、ここにいるってことはそうなるわよね。そうよね。あーあ、バレちゃった」
心紅はストンとベッドに腰を下ろした。
「もういいわ、バレちゃったものは仕方ないわ。私は『異世界の魔女』よ」
( 異世界の魔女?)
「そこまで言ってなかったけど」
「うそ! アイツどこまで話したのよ!」
(クロジカは心紅のことは話さないでいたんだな。なんだか誘導尋問みたいなことをしてしまったな)真冬は僅かな罪悪感を抱くも軽く首を振り話を進めることにした。
真冬はクロジカの教えてくれたことを心紅に話した。心紅については話していないことも再度説明した。誤解を産まないように。
心紅はその大きな目を細める。
「あらそう。やっちゃったわね。私」
「ん?」
(異世界から来るのはそんなにダメなことなんだろうか?)
「まぁ、いいわ。別に悪い事じゃないし。そうよね?」
「うん、悪い事じゃなければ、いいんじゃないか?」
心紅はふーと息を吐いた。
「真冬がいいなら、いいわ」
「なんだかよく分からんが、よかった」
(俺を助けてくれる明確な理由はわからず終いだ。魔女の気まぐれに放浪された。詮索はしたくないがこれ以上危険な目に会わせたくないんだがなぁ)
クロジカが部屋に入ってきた。
「やいご主人様。食料が底を尽きたぞ」
「あら、まだ沢山あったはずだけれど。食いしん坊さんかしら?」
「あーん? 馬鹿も休み休み言えご主人様。治癒水薬を作るのに全部使っちまったろうが」
「そうだったかしら、そうだったわね」
真冬が割って入る。
「まったくないのか?」
「さっきくれてやったパンで最後だ」
三人と一匹。
それだけいれば自ずと必要な物は増えてくる。
「うーん、近くのコンビニに行こうかしら」
「待て、近くで買い物をすると四宝組の奴らに気づかれる」
「そう、それなら丁度いいわ、色々と足りないものもあるし、ちょっと遠出してショッピングモールにでも行きましょう」
「ショッピングモール?」
「ええ、私も行ったことはないけれど、あそこなら沢山買いだめしても怪しまれないわ」
「何回も出入りするよりはまとめ買いの方がいいか」
「そうよ。じゃあ明日、一緒にーー」
心紅の言葉をクロジカが遮った。
「ダメだ」
「なによ。いつも口出しして、少しは使い魔らしくしたらどうなの? 反抗期なの?」
「その使い魔として忠告してやるってんだ。治癒水薬の残りカス使って傷は癒せた。だが体力は別だ。消耗している、次に同等の怪我をしたらここに着く前に事切れるだろうよ」
「それがどうしたっていうの?」
「だから俺は使い魔として忠告してやったまでだっての!」
クロジカは呆れたように一息ついた。
「ねぇ、真冬、行けるわよね」
「ダメだ」
俺は即答した。




